15.彼女の存在 ※アレクシス視点
本日3回目の更新です
「アレク。帰っていたのか」
「……」
モカ・クラスニキ嬢を部屋まで送り届けた俺は、そのまま執務室に向かい、椅子に座ってしばらくぼんやりしていた。
どのくらいそうしていたかわからないが、そこにやってきたノアが俺に気づき、書類を手に近づいてきた。
「これ、今日の報告書。まとめておいたぞ」
「ああ……」
「なんだ、ぼんやりして。おまえも疲れているだろう? 今日くらいは休みにしていいと言ったんだから、部屋でゆっくりしてろよ」
俺を見て溜め息をつきながら何か言っているノアに、そっと視線を向けて問いかける。
「……ノア」
「ん?」
「俺は、おかしいのかもしれない……」
「はあ? 何が?」
唐突にそんなことを口にした俺に、ノアはわかりやすく顔をしかめた。
「彼女のことを考えると、胸が苦しくなる」
別れたばかりだというのに、俺はずっと彼女のことを考えている。
「ああ……そういうことか」
「彼女はとても可愛い顔で笑う。素直に、愛らしく。貼り付けた笑みではなく、本当に嬉しそうに笑うんだ」
「……それで?」
「そんな可愛らしい笑顔を見ると嬉しい反面、なぜだか胸がぎゅっと絞られるような感覚になる。胸が苦しくなるんだ。これは病気か?」
「……なるほど」
「それに、彼女が隣にいると鼓動が高鳴るし、俺のことを「素敵」だと言われて、身体が燃えるように熱くなった」
そう、あのときはどんな顔をしていいのかわからないあまり、思わずその場を離れてしまったが、とても後悔した。彼女のそばを離れるべきではなかった。
「もう、二度と離れたくない……」
「……」
もう一度会いたい。またすぐに会いたい。彼女は今、何をしているだろう。何を考えているだろう。俺のことを、ほんの少しでも考えてくれているだろうか……。
そんなふうに、ノアが来るまで俺はずっとここでこうして、彼女のことを考えていた。
今日交わした会話。彼女が言ってくれた言葉を一言ずつ思い出し、笑ったり困ったりしている顔を思い浮かべては胸を焦がしている。
髪留めを受け取ってくれたときの嬉しそうな顔は、もう一生忘れない。それほど可愛かった。
先ほど部屋に送り届けたばかりだというのに、俺はもう既に彼女に会いたいと思っているのだ。
ああ……ノアに言われた通り、今日は帰りたくなかった……。
「やはり俺はおかしいだろうか? 今こそ彼女が作ってくれた回復薬を飲むときか? しかし、せっかく彼女が作ってくれたものがなくなってしまうのも惜しい……」
ほとんど独り言のようにぶつぶつと呟いている俺に、先ほどから苦笑いを浮べていたノアが盛大な溜め息をついた。
「確かに病気だな」
「やはりか!?」
「ああ、それもかなりこじらせているようだ」
「そうなのか……俺としたことが、自己管理を怠ってしまうとは……!!」
「そうだな。相当こじらせた、恋の病だ」
「……え?」
「本当に自覚がないのか? 今時、子供でもそんなこと言わないぞ?」
「……恋?」
呆れたように腕を組んで、溜め息をつきながらその言葉を口にしたノアに、俺の鼓動がドクンと一つ高鳴った。
恋……。これが、恋?
俺は今まで、色恋沙汰には本当に縁遠く生きてきた。子供の頃は剣術や魔法学に勤しみ、将来辺境伯になることだけを考えてきたし、年頃になってからも社交の場に参加する機会はないほど忙しくしていた。
そうしているうちにあの一件が起き、辺境伯を継いだ俺が〝恐ろしい男〟だという噂が広まっていった。
一度、俺のもとに婚約者候補として幼馴染の女性が来たが――彼女とは何もなかった。
噂が事実とは異なるとしても、この地が危険であることは間違いない。こんな危険な辺境の地に嫁いで、わざわざ怖い思いをする必要はないと思っていたから、妻は迎えない気でいたというのに。
俺は、俺との結婚を嫌な顔一つしないで受け入れてくれた彼女のことを、いつの間にか好きになってしまったのだろうか――。
「その病気は聖女様に治してもらえよ」
「し、しかし……!」
「なんだ? どうせ結婚する相手なんだから、ちょうどいいじゃないか。よかったな」
「いや、彼女の気持ちもあるだろう!?」
背中を押してくるノアに、俺は動揺してしまう。たった今恋という気持ちを知ってしまったばかりなんだ、少し待ってほしい。
「いいか、アレク」
しかし、ノアはそんな俺にまた溜め息をつくと、まっすぐ見据えて言った。
「好きならその気持ちをまずははっきり伝えろ。それをどう受け止めるかは彼女が決める」
「……」
「おまえたちは男と女で、おまえと結婚するために彼女はここに来た。なんの障害もない。彼女だって、結婚相手が自分のことを愛してくれているとわかったほうが、安心するに決まっているだろう」
「……俺のような男でも、か?」
「自信を持て、アレク。おまえはいい男だ。俺が保証してやる」
「……」
ノアが男を褒めることは滅多にない。俺を励ますためだとしても、それはとても心強い言葉だった。
「ありがとう、ノア。俺はいい友を持ったな」
「まぁ、おまえが振られたら、モカちゃんは俺がもらうけど」
「それはだめだ!!」
「はは、冗談だよ。即答するくらい好きなら、そうならないように頑張れよ?」
「ああ……」
カラカラと笑いながら俺の背中をバンバン、と叩くノア。
おそらく本当に冗談だろうが、ノアは俺なんかより百倍いい男だから、むしろ彼女がノアを好きになってしまうのではないかと、正直不安だ。
「団長! よろしいでしょうか!」
「どうした?」
そんな話をしている最中。突然、部屋の外から部下の慌てた声が響いた。
「報告します! 南部を巡回中の者が、サラマンダーに遭遇したとのこと!」
「なに!?」
サラマンダーとは、火を吐く蜥蜴の魔物。その強さは個体の大きさによって異なるが、大きいものになるとかなり厄介な魔物だ。
かつての〝最強の騎士団〟と言われていた頃の俺たちならいざ知らず、今の騎士団では――。
「すぐに向かう!! ノア、手の空いている者をできるだけ集め――」
「それが、既に討伐したと!」
「――は?」
瞬時に立ち上がり、すぐに準備をして参戦しようと思った俺に、部下は耳を疑う言葉を告げた。
「すまない、聞き間違えたようだ。もう一度いいか?」
「それが、その者たちだけで、容易く倒してしまったとのことです!!」
「…………なんだって?」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
もう一度告げられた言葉に、俺とノアは顔を合わせた。ノアも理解しがたいように眉をひそめている。
「不思議なことに以前のような……いえ、それ以上の力がみなぎってきて、簡単に討伐できたと」
「……力がみなぎってきた?」
「はい、そのようです」
そんな俺とノアを見て、彼もまだ少し不思議そうな顔をしながら続けた。どうやら本人たちからそう報告が入ったようだ。
「……そうか、とにかく討伐できたのならいいが……。怪我を負った者は?」
「怪我人も報告されていません」
「……そうなのか」
それは何よりだが、巡回中の数人の騎士だけでサラマンダーを討伐してしまうとは。まだ小さく、弱い個体だったのだろうか。
いや、以前よりも強い力がみなぎったと言っていたな。それはどういうことだろうか?
「その者たちは、聖女の回復薬を飲んだ者か?」
「はい。おそらく」
「……まさか、聖女の回復薬のおかげで力が湧いたというのか?」
「わからないが、その可能性は十分あり得る」
「ということは、まさかこの呪いが解けつつあるのか……?」
「……」
ノアはそう言って自分の手を見つめた。
何か思い当たることがあるのかもしれない。
俺はまだ彼女が作った回復薬を飲んでいないからなんとも言えないが、聖女というのは俺たちでは想像もつかないような力を持つ存在。
しかし、彼女は〝スペア〟だと言い、真の聖女は姉だと言っていた。
回復薬を飲んだだけで以前より強い力が出るなど、考えられない。
しかも王宮から追い出されたのも同然の彼女に、そこまでの力があるのだろうか――?
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次回の更新は姉、カリーナ視点( ˇωˇ )