14.愛はないはずなのに
「彼女になんの用だ!?」
「……でかい声出すなよ。それよりあんた、金を持ってそうだな。なぁ、何か食い物を恵んでくれよ」
アレクシス様は私を庇うように前に出ると、今買ってきたと思われるサンドイッチと飲み物を男に渡した。
「……これを」
「ありがてぇ! 昨日から何も食ってなかったんだ!」
男はそれを受け取ると、その場でサンドイッチにかじりついた。よほどお腹が空いていたらしい。
「……」
「行こう」
「は、はい……」
男がサンドイッチに夢中になっている間に、アレクシス様は私の肩を抱くようにしてその場を離れた。
「大丈夫だっただろうか? 彼に何かされていないか?」
「大丈夫です。食べ物が欲しいと言われましたが、私は何も持っていなかったので……」
「そうか。すまない、俺が君を一人置いて離れたせいで……怖い思いをさせたな」
「いいえ! 猫ちゃんを見つけて、私が勝手に動いたせいです……ごめんなさい」
でも、アレクシス様が来てくれたおかげで助かった。
「君は何も悪くない。この街の治安を守るのも俺たちの仕事なんだ。彼らも昔はこの地で立派に働いていたのだが、今では仕事がなくなり、ああいう者が増えてしまった」
「そうなのですね……」
魔物が出るせいね。それに、〝呪い〟の噂のせいで、この街に人が近寄らなくなってしまったことも原因にあると思う。
あの人は、私に危害を加える気はなかったと思う。私は聖女なのだから、ああいう人たちのために何かできることはないかしら……。
「なんとか、彼らにまた仕事を与えられたらいいのだが」
「そうですね……」
そう言って、アレクシス様は頭を抱えるように額に手を当てた。
私はヴィリキー辺境伯夫人になる。アレクシス様のためにも……この地で暮らす人たちのためにも、何か力になれることがあれば協力したい。
「それから、せっかくアレクシス様が買ってきてくれたサンドイッチが、なくなってしまいましたね」
「ああ、小腹が空いているかと思って。あのサンドイッチはとても美味いんだ。もう一度店に行って、食べて帰ろうか?」
「はい!」
優しい声でそう提案してくれたアレクシス様のおかげで、気持ちが少し明るくなった。
私もこの街のことを知ることができてよかったわ。王宮を離れることができて嬉しいからと、のんびりしているだけではいけないと改めて感じた。
それから私たちは一緒にお店に行って、アレクシス様おすすめのサンドイッチと紅茶をいただいた。普通のサンドイッチに見えるけど、本当に美味しかった。
たぶん、アレクシス様とこうして外で食べているということも、私にとっては最高の調味料になったと思う。
「――今日はお時間をいただいて、本当にありがとうございました」
「こちらこそ。少しは気分転換になっているといいのだが」
「とても楽しかったです! でもそのせいで、遅くなってしまいましたね」
帰りの馬車の中で、アレクシス様と向かい合ってそんな話をした。
本当は早く帰るつもりだったのに。紅茶をいただきながらも、話に花が咲いてしまったせいで、予定より帰りが遅くなってしまった。
でも本当に楽しくて、この時間がもっと続いてほしいと私は願っていたのだけれど。
「アレクシス様はこの後もお仕事ですよね?」
「ああ、いいんだ。俺もとても楽しかった。それに、今日はノアに任せてきたから、平気だ」
「ですが、出かける前、早く帰るとノアさんに……」
「あれは……ノアが、その」
「?」
何を思い出したのか頰を赤く染めて言い淀むアレクシス様に、先を問うように私は首を傾げる。
「……ノアが、今夜は帰らなくてもいいと……、馬鹿なことを言うから、そこまでは遅くならないという意味で言ったんだ」
「え? 帰らなくてもいい?」
「もちろん彼の冗談だろうがな!」
慌ててそう付け加えたアレクシス様だけど、帰らなくていいとは、一体どういう意味だろう……。
「すまない。早く帰らなければと、焦らせてしまっていたか?」
「いいえ。十分楽しんでしまいました」
申し訳ないのだけど、そのことを今の今まで忘れてしまうくらい、楽しかった。楽しんでしまっていた。
「……では、また誘ってもいいだろうか?」
「もちろんです!」
だからそれは大歓迎。アレクシス様の邪魔にならないのであれば、私はまたいつでもご一緒したい。
「では、今度はピクニックに行かないか?」
「ピクニックですか?」
「ああ。もし魔物が出ても俺が必ず君を守ってみせる。あまり知られていないのだが、この地には綺麗な湖があるんだ。ぜひ君に見せたい」
綺麗な湖……。それはぜひ見てみたいわ。
「はい! 楽しみにしています!」
笑って答えると、アレクシス様も嬉しそうに微笑んでくれた。
でも、いいのかしら? こんなに楽しくて。
これではまるで、本当にデートみたいだわ。
私の向かいで優しく微笑むアレクシス様のお顔に、ドキリと鼓動が跳ねる。
アレクシス様は、旦那様としてとても魅力的な方。こんなに素敵な方と結婚できるなんて、私は幸せ者だと思う。
でも……。
アレクシス様のことを好きになってはだめなのよね? 私たちは本当の夫婦になるわけではないのだから。
アレクシス様は私を愛する気はない。
この結婚に愛はない。
アレクシス様が私を気遣ってくださるのは、彼が優しい人だから。それ以上の意味はない。
私はこの方に嫁げるだけで、十分幸せ。
そのはずなのに……いつの間にか、もっとアレクシス様のことが知りたいと思うようになり、もっと彼と一緒にいたいと願うようになってしまった。




