13.やっぱりあなたは素敵な人です
それから大通りを外れたところで公園を見つけた私たちは、ベンチに座って少し休むことにした。
「たくさん歩いて疲れただろう」
「いいえ、とても楽しくて、あっという間です」
「そうか、それならよかった」
この街は王都のように賑わっているわけではないし、こうして少し通りを離れると人が少なくなり、とても静か。
こんなふうにゆっくり過ごす時間は、きっと普段忙しいアレクシス様には貴重。
特に何も話すことなく、ただ隣に座っているだけなのに、とても充実した時間が流れている気がする。
「……君は、本当に楽しそうな顔をするな」
「そうですか?」
「今もそうだが、いつも。こんな場所に来て、俺のような男に嫁ぐというのに、まったく辛そうな顔を見せない」
そう口にしたアレクシス様も、なんとなく表情がいつもよりもやわらかいように見える。
「実際、まったく辛くないので……」
「怖くないのか?」
「……魔物がですか? 今のところ遭遇していないので、怖い思いはしていません」
「それもそうだが、俺のことが――」
アレクシス様をまっすぐ見上げて答えたら、そこでこちらを向いた彼と目が合った。
「怖くないです。アレクシス様は、最初に思った通り素敵な人です」
「――え」
そのまま、彼の目を見つめてはっきり伝える。
見た目ももちろんだけど、噂されている人とは随分違う、優しい人。
それに可愛らしい一面もあるし、私はアレクシス様のことをもっと知りたいと思っている。
だから素直にそう言って微笑んだら、アレクシス様は動揺するように視線を泳がせ、ぱっと立ち上がった。
「喉が渇いただろう! 何か、飲み物を買ってくる!」
「は、はい……」
言うや否や、アレクシス様はスタスタと歩いていってしまった。
……もしかして、照れたのかしら?
アレクシス様の横顔が赤くなっているように見えたけど。
そんな彼の後ろ姿を見送る。
背が高くて姿勢がよく、とても大きくて頼もしい、騎士団長様の背中だわ……。
そんなことを考えながら見つめていたら、なぜだかドキドキしてきた。胸の奥がきゅぅっと締めつけられるような、そんな感覚。
アレクシス様は呪われた騎士団の、とても恐ろしい団長だと言われているけれど、実際にはそんなことはなかった。
とても優しくて、素敵な方。
あんなに素敵な方と結婚できるなんて、本来であればとても嬉しいことだけど……。
この結婚に、愛はないと言われている。
たとえ私がアレクシス様を好きになっても、それは一方的なもので終わってしまうのよね。
それなら私は、アレクシス様のために――辺境騎士団の皆さんのために、聖女としてできることがしたいわ。
「――にゃあ」
「あら、猫ちゃん」
アレクシス様のことを考えてぼんやりしていた私の足下に、猫がすり寄ってきた。
「こんにちは、あなたはこの公園の子?」
「にゃあ」
「ふふ、可愛い。お腹が空いているのかしら……でもごめんなさい、食べるものは何も持ってないのよ」
すり~と身体をすり寄せて、とことこと歩いていく猫ちゃんは、もう一度私を振り向いて「にゃあ」と鳴いた。
「一緒に遊びたいの?」
「にゃあ」
「ふふ、待って」
ベンチから立ち上がって、猫ちゃんを追う。でも、公園からは出ないようにしないと。
そう思いながら膝を折り、野草をちぎって猫ちゃんの前でふりふりしてみた。
「ほらほら、こっちよ」
「にゃにゃ!」
猫ちゃんは楽しそうに野草に飛びかかってきたけれど、しばらくそうして遊んでいたら、突然何かを察知したようにはっとして一目散に逃げてしまった。
「……猫ちゃん?」
私、何か怖がらせてしまうようなことをしたかしら……?
そう思ったけれど、次の瞬間にはガサガサと近くの草が揺れて、何者かがこちらに近づいているのがわかった。
まさか、魔物……? でも、こんな普通の公園に? いえ、ここはすぐ近くの森に魔物が住まう地。魔物が現れる可能性だって、十分あるわ――。
「ああん? なんだ、随分若い姉ちゃんだな」
けれど、姿を見せたのは魔物ではなく、人間の男性だった。
「……こんにちは」
ひとまずほっと胸を撫で下ろし、笑顔を作る。
「姉ちゃん、何か食い物持ってねぇか?」
「え……?」
「金でもいい。なぁ、分けてくれよ」
「あ、あの……」
安心したのも束の間。よく見たらこの男性、随分汚れた格好をしている。髪も髭も伸びているし、もしかして、しばらく家に帰っていない……?
「ごめんなさい、あいにく今は何も持っていなくて……」
「何も持たずに一人で出てきたのか?」
私のことを頭の上から足先までじろじろ見つめて、男は溜め息をついた。
物乞いなんて、初めて出会った。凶器になるようなものは持っていなさそうだけど、早く逃げたほうがいいかも……。
「……それじゃあ、その髪留めをくれよ」
「え……? こ、これはだめです……!」
そんなことを考えていたら、男は先ほどアレクシス様が買ってくれた髪留めに手を伸ばした。
これはだめ! これだけは、絶対……!!
「何をしている――!?」
「アレクシス様!」
手を伸ばしてきた男から逃げようと身体を後退させたとき。アレクシス様の大きな声が私の耳に届いた。