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10.可愛いプレゼント

 私がこの地に来て、数日が経った。

 その日の夕食後、アレクシス様に呼ばれた私は彼の部屋を訪れた。


「――今日も君が料理を作ってくれたらしいな」


 私たちは夫婦になる予定だけど、普段、用がないかぎりこうして顔を合わせて話すことはあまりない。

 アレクシス様は騎士団長として、とても忙しくされている。

 私も日中は回復薬作りをしたり、騎士たちの邪魔にならないよう気をつけながら、お料理やお掃除などの家事を手伝ったりしている。


「これまで料理はあまり作ったことがなかったのですが、教えてもらったら楽しくて」


 自分好みの味付けにできるから、私が作ったら私が美味しいと思えるものが完成する。だから、料理をするのがすごく楽しい。


 それに、今では皆さんも「助かります」と言って喜んでくれるし、回復薬を飲んで疲れが取れたからか、苛ついてもいない。以前より余裕を感じるのだ。


 他の騎士たちも「美味しい」と言いながら食べてくれるから、すごく嬉しい。

 やっぱり人に喜んでもらえることは、単純に嬉しいものだわ。


「それだけではなく、洗濯や掃除も手伝ってくれているらしいじゃないか」

「そんな、手伝ったと言えるほどのことはしていませんよ。回復薬作りの息抜きに、少しやり方を教えてもらっただけです」

「……だから、それがとても助かっているんだ」

「え?」

「君は何もしなくていいと言っただろう? ただでさえ毎日回復薬を作ってくれているというのに、家事まで手伝ってくれるなんて。君は働く必要なんてないんだぞ?」

「働いているつもりはないのですが……」


 毎日回復薬を作っていると言っても、まったく無理はしていない。これまでの聖女の仕事に比べたら本当に楽で、むしろ命がけで戦ってくれている騎士たちに申し訳ないくらい。


 魔力を使わなくても掃除はできるけど、魔法でやってしまったほうが早いし楽。

 だから、忙しい騎士たちが交代で掃除や洗濯をしているのを見て、()()()()()()()()魔法を使ってお手伝いさせてもらっているだけ。


 たとえば、浄化魔法で汚れを消したり、ほこりを払ったり。

 回復薬を作るよりも魔力を消費しないし、せっかく私は人より魔力が多いのだから、これくらい全然平気。

 なのだけど、皆さんとても喜んでくれるから、私が嬉しくなってしまうくらい。


「……まぁ、君が辛くないのならいいが」

「全然辛くありません! むしろとても楽しいです!!」


 家事をしている時間が、唯一皆さんとお話しできる時間。これまで王宮では、独りぼっちでひたすら聖女の仕事に追われていた。

 だから、誰かとおしゃべりしながら料理やお掃除をする時間が、私は好き。

 できればその時間はなくなってほしくないわ……。

 そう思って元気よく答えると、アレクシス様は面食らったような顔をした。


「君はこれまで、どれだけの労働を強いられてきたんだ……」

「?」


 小さく溜め息をついてそう呟いたアレクシス様は、気を取り直すように私を見据える。


「とにかく、これを君に」


 何かしら?

 隣に置いてあった箱を私に差し出し、言葉を続けるアレクシス様。


「俺は女性の好みに疎く、君がどんなものをもらったら喜ぶのかまったく見当がつかなかった。だが、ここには君と親しい者もいないし、寂しくしているのではないかと思って……」

「まぁ」


 アレクシス様から受け取った箱を開けると、そこには犬のぬいぐるみが入っていた。

 黒くて、毛艶のいい、キリッとした瞳がどこか格好いい、おすわりをした犬のぬいぐるみが。


「だがやはり、子供っぽかっただろうか? 本当は花や宝石のほうがいいのだろうな。しかし君の好みもわからないし、俺はそういうセンスがなくてだな……」

「とっても嬉しいです!」

「……え?」

「なんて可愛らしいのでしょう! それに抱き心地がよくて、気持ちいいです! 大切にします!」

「……」


 ぎゅっと抱きしめてみると、私の胸の中にちょうどよく収まる大きさだった。


 男性からプレゼントをもらうなんて、いつぶりかしら?

 昔はヴィラデッヘ様から、ドレスやアクセサリーを贈られたことがあったけど。

 でもあれは、従者が選んだものを形式的にヴィラデッヘ様がくれただけだった。


 これはアレクシス様が選んでくださったのよね?


 一般的な女の子が好んで選ぶような可愛らしいわんちゃんではないけれど、なんとなくアレクシス様に雰囲気が似ている気がする。

 ……なんて言ったら、怒られてしまうかもしれないけど。


 アレクシス様は一見怖そうに見える方だけど、プレゼントにぬいぐるみを選んでくれるなんて……!

 きっと心の優しい方なんだわ。


 その姿を想像して、思わず頰が緩んでしまう。


「そうだわ! この子の名前は、アックンなんてどうでしょう?」

「ア、アックン? ……君の好きにしていいが……」

「ありがとうございます! よろしくね、アックン!」

「……」


 そう言って、私はアックンをもう一度ぎゅっと抱きしめた。

 それを見たアレクシス様は、なぜか頰を赤く染めて照れくさそうに視線を逸らしている。

 ちょっと似ているとはいえ、アックンとは、アレクシス様のことではないのだけど。


 ……どうしたのかしら?


「とにかく、無理はしないでくれ」

「はい!」


 無理なんて、まったくしていない。

 これまでは聖女というプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、睡眠時間を削って仕事をしていた。

 私のほうが倒れる寸前だった。


 でもここでは誰も私に期待していないし、アレクシス様には「好きにしていい」と言われているから、とても気が楽。


 それに私がここに来た頃と比べると、皆さんとても元気で明るく、よくしゃべってくれるようになった。

 私がここに馴染めてきたからというのもあると思うけど。本当によかったわ。


「それから、これからは時間が合うかぎり、ともに食事をしようと思うのだが……どうだろうか?」

「え? アレクシス様とですか?」

「ああ、俺たちは結婚する予定だ。もちろん、君が嫌になったらいつ出ていってくれても構わないが、俺は食事のときくらいしかゆっくりする時間がない。だからせめて、食事中だけでも顔を合わせて話ができたら、と」

「まぁ……、それはとても素敵ですね!」


 婚約者の方と一緒に食事をするなんて。

 ヴィラデッヘ様とも、私は数えられる程度しか一緒に食事をしたことがない。


 でも、アレクシス様は時間が合うかぎりお食事に誘ってくださるなんて、嬉しいわ。

 私はいくらでも時間を合わせられるから、アレクシス様さえよければ、毎日一緒に食事ができるのね。


「……随分嬉しそうだな」

「はい! アレクシス様もここにいる皆さんも、想像していたよりもずっと素敵な方たちで、私はとても嬉しいです!」

「……えっ」


〝呪われた騎士団〟と、その恐ろしい団長様とは、誰のことかしら? そう思ってしまうほど、ここは噂とは全然違うものだった。


 やっぱり噂というのは、大袈裟に広まっていくものなのね。


 アレクシス様からのプレゼントとお誘いがとても嬉しくて、思わず心のままに本心を口にしてしまったけれど。アレクシス様は驚いたような顔をしたまま固まっている。


「あっ、私、失礼なことを……」

「いや、違う。俺のほうこそ君に失礼なことを言ってきた……」

「え?」

「とにかく、これからは食事をともにしよう」

「……はい!」


 ぶつぶつと何か呟いてから、気を取り直すように咳払いをして。威厳のある声でそう言ったアレクシス様に、私はこれからの生活に期待して返事をした。


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