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丸の外  作者: 出見塩
 第一章 雪降る森
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1:8 『話』

 訓練場を去り、ボツは寮まで帰宅していた。


 寮――。

 都市中央部――都市城や訓練場付近に位置する、二十階建ての、円柱の建物だ。

 中央が最上階まで大きく吹き抜けているため、厳密には中空円柱型と言うべきか。

 一階に広々とした庭園がある。

 ぐるっと一周する廊下には、個々の部屋へと繋がる扉がずらりと並んでいる。

 ガデゥリスを除く禁忌実行隊員の六人は、皆、二階に部屋があり、それぞれ隣り合っている。


 ――宵闇に差し掛かる時間帯。

 ボツは着替えた後に、自室――“214”を出て、今度は“215”と記された扉へ。

 緊張を覚えつつインターホンを鳴らし、住まいの人物の反応を待つ。


 ……しばらくしても、反応がない。

 留守だろうか。

 念の為にもう一度――、


 「ぁっ」


 「何?」


 扉が開かれ、虚を突かれたボツは間抜けな声を漏らしてしまう。

 姿を見せたのは、白と黒の混在する瞳を持つ幼女――ナイリ。

 ボツを睨んだまま、口に咥えたたばこを右から左へずらした。


 「あー、ナイリ……今、時間貰っても大丈夫かな……?」


 「速くするんだ」


 「あ、うん、分かった」


 ナイリに要件を促され、ボツは呼吸を整えてから言葉を紡ぐ。


 「その、急な話で申し訳ないけど……明日の朝、(そと)の調査に出ようと思ってるんだ。僕たちが見たモノを詳しく取り調べて、対策できるような情報を得るための外出(がいしゅつ)だね。それで、ナイリに協力をお願いできないかなって……ね」


 「協力ってのは、同行って意味なんか?」


 「そうだね」


 「メンバーは誰なんだ?」


 「あ、いやいや、そのー……。メンバーは、二人だけだよ。……僕と、ナイリ」


 人差し指でぎこちなく彼我を指しながらそう呟くボツ。

 ナイリは胡乱げに目を細める。


 「何故、俺っちじゃないといけないんだよ」


 「それは……ほら、ナイリはジェットパックで自在に空中を飛び回れるから、偵察みたいな立ち回りが出来るじゃない? それを利用して有効に情報が集められると思うんだ。僕との相性もいいし――あっ、技術的な話ね?」


 「他メンバーも一緒して損するものじゃないと思うんだけど」


 「いやー、それについてだけど……。人材は不要って言うか、指揮も大変だし反って自在に動き辛くなる気がするんだよね。そもそも、こんなまたすぐに(そと)に出ようなんて言っても、乗り気にならなそうじゃない?」


 「それで、俺っちは乗り気になると思うんだ?」


 「まー……できれば……来てくれると嬉しい、かな」


 「一人で行ってくればいいんだよ」


 「なっ! ちょっと待って!」


 ナイリの閉めかけた扉を、ボツが抑えて阻止した。


 「チッ、なんだよ! って言うか、前提も前提なんだろ! 俺っちがまたガデュリスと一緒に航空機に乗ると本気で思ってんのか?」


 航空機を利用する他に、外出(がいしゅつ)の手段はない。

 故に、操縦者であるガデュリスと一緒になる事態は避けられない。

 ボツが頑張って操縦方法を習得できたとしても、航空機の操縦が許されることはない。


 「それは、まあ、分かっているけど……。じゃあ、これならどう? ――ナイリが僕と一緒に(そと)の調査に来てくれた暁には、僕もナイリみたいにガデュリスを糾弾するよ。(そと)で監視しか出来ていない不甲斐なさを指摘し、前線に出るよう咎めるんだ」


 ボツは交渉に出る。


 「……いや、は? お前がガデュリスを糾弾?」


 「そうそう、その通りだよ。ナイリとガデュリスとの悶着において、僕はナイリの側に付く。それでどう? 必要なら、執拗にガデュリスに対して苦言を呈することも厭わないよ」


 「……それは、虚言なんだろ。お前はそもそも、俺っちの見解に賛同してないんだ。それでどうやってガデュリスを糾弾できると言うんだよ」


 「本心では賛同していなくても、上辺の演技で反対を主張することならできる。そうでしょう?」


 「……お前にそんなことはできないんだろ」


 「できるよ! 疑ってるのなら、ここで僕の演技力を披露してやってもいいさ!」


 「ちょっと声デカいんだろお前っ」


 「――うっ?」


 両手を広げながら一生懸命に主張するボツが突如、肩を掴まれ室内へと引き込まれてしまった。

 じたばたと、転びそうになるのを堪えながら、ナイリの住み部屋へとお邪魔する――半ば強制的に。

 「靴を脱ぐんだ、汚いの」と、扉を閉めながら彼女は言った。


 ナイリの部屋――。

 寮の構造上、玄関に通路はなく、入ってすぐに居間が見渡せるような設計になっている。

 雰囲気からしてミニマリスト、なのだろうか。

 デスクトップPCと、小卓の紙皿に蓄積されたたばこぐらいしか特筆する点がないように思える。


 ナイリは、特定の位置に立つようボツに指示した後、彼女自身は壁に背を預けるようにして腕を組んだ。

 互いに距離が開いている。

 特別仲が良い訳でもない故に、居心地は少々、不安定だ。


 「それでなんだ、お前に演技力がないことぐらい誰が見ても分かるんだろ……そんなことより、お前が何故たかが調査ぐらいでそんな躍起になっているのかが俺っちには不可解なんだ」


 「ん? ……それは、ナイリの協力が必要だからって、そう言ったじゃん。ナイリがいてくれた方が調査が楽に進む筈だよ」


 そうは言うものの、実は内心では焦燥を覚えていた。

 普通に考えて、調査に協力してもらう為だけにこんなハイリスクな交渉を持ち出したりしない。

 ナイリが抱いている疑惑は真っ当なのだ。


 「お前、本当は別の目的があるんじゃないんか?」


 「いや、たっ、ただ、情報が足りてないからだよ。このままだと、次の江曜日だってこの前と同じ結果になるか、それより酷いことになるかも知れない! 僕たちが、今のうちに動かないといけないんだよ!」


 「でも、難易度は増すけど、一人でも調査は可能なんだろ? ボツ、お前の中で燻っている焦燥がはっきりと見て取れるんだよ」


 「……分かった、分かったよナイリ。認めるよ。僕がナイリを迎え入れようとしているのには、調査に協力してもらうこと以外にも目的がある」


 「それが何か、言ってみるんだよ」


 「その……まあ、話がしたいんだ。とっても大事な話をね。できれば壁の外とかで、長時間二人きりでいられるような環境で交わしたい話な訳で――」


 「お前、俺っちのこと好きじゃないのになんで告白しようと試みてんだ?」


 「え? いやいやっ! 告白じゃないってば! 話というのはそんな……って、え? 僕って、その、ナイリのこと、嫌ってるように思われてる、のかな……?」


 「いや、好きじゃないイコール嫌い、じゃないんだわな、アホ。お前は別に、俺っちのことを嫌っている訳ではないんだろ。かと言って愛情を抱いている訳でもないんだ。お前が今俺っちに抱いている感情は、そうだな、厚意なんだ」


 「……好きじゃないけど、好意は抱いてる? どゆこと?」


 「違うんだ! “厚意”って言ってんだろ! 分厚いの漢字!」


 「あー! ごめんごめん、そういうことね……。そうだね、厚意だね」


 「そんで、結局お前はその厚意とやらでどんな話をする気なんだ?」


 「……ぁ」


 ナイリにそう問われてから、ボツは失言してしまったと気付く。

 厚意だね、と、それが自身の抱いている感情であると肯定してしまったのだ。

 ボツのこの謀には確かに、“厚意”が関わっている。

 本懐を悟られたくないのだ。


 「早く質問に答えるんだ。二人きりでしたい話なんなら、今この場でしても構わないんだろ?」


 「……いや、ここでは、したくないかな。今から二人で、場末ぐらいまで散歩にでも行けるのなら話は別かも知れないけど……そういう訳には行かないよね?」


 「それでも交渉が成立するのであれば、快く散歩に付いて行くんだよ」


 「そうだよねー。……でも、散歩だけじゃあ、ガデュリスに反抗するなんて暴行は約束できないかな」


 少しの沈黙。

 ナイリがたばこを咀嚼する音だけが響く中、ボツが思索していると、


 「分かった、一緒に調査に出てやってもいいんだよ」


 「え、本当に⁉」


 「――ただし、一つ条件があるんだ。俺っちらが調査から帰って来た後で、お前がこの交渉を反故にしない保証が要るんだよ」


 「保証、ね? おっけい、それが必要だと言うのなら事前に考えて準備してあるよ」


 頑固なナイリの事だから、この流れは正直、想定していた。

 ボツはポケットから財布を取り出しながら言い、財布からはとあるカードを取り出した。

 人差し指と中指でそれを挟み、ナイリに見せる。


 「……都民証がどうしたんだ?」


 「そう、都民証。これをナイリに預けるから、僕が約束を果たした後に返して欲しい。僕が言ったようにガディッ……いや、ガデュリスを糾弾できていないようであれば、これは返さなくて大丈夫だよ」


 「正気なん?」


 「うん、僕は妥当な判断のように思えるね」


 ナイリが驚いた様子で訊き、ボツはそう応えた。

 都民証を他人に手渡すという行為は危険でしかない訳で、彼女がこれを悪用しようと思えば出来るのだが、ボツはナイリを信用することにした。

 差し出される都民証を少しだけ見詰めた後に、ナイリはそれを受け取った。


 「よし。これで交渉成立、だね?」


 ボツの問いにナイリは首肯すると、彼の都民証を机の引き出しに仕舞った。

 ――同時に、胸ポケットから小さな録音機を取り出して電源を消し、それも仕舞った。


 「やっぱり録音していたんだね……」


 「気にするんじゃない」


 「まー……そうだね、そうするよ。それでナイリ、交渉が成立した今、訊かなければならないことがある」


 「もしかして、今からその“話”とやらを始めるんか?」


 「違うよ、それとは別。ナイリの側に陣取ってガデュリスに反抗する以上、ナイリの、彼に対する見解を詳しく知る必要があるじゃん。ナイリは何故、ガデュリスが壁の外の開拓を諦めたと見ているのか、その詳細を聞かせて欲しい」


 「なるほど、了解なんだ。……でも、アイツの説明は簡単じゃないんだよ。しても多分、分かり辛いし、共感もできない気がするんだよ」


 ボツは頷いて続きを促し、ナイリは隊長について語る。


 「――ガデュリスは俺っちらを見る時、モノを見る目をするんだよ」


 「……モノを、見る、目? かー。うーん……」


 「その反応も仕方ないんだな。常人には分からないんだろうよ」


 「常人には分からない? これはじゃあ、ナイリにしか分からないこと?」


 「他にも共感できる人が欲しいんだけど、今のところ、本当に俺っちだけなのかも知れないんだよね。……俺っちらを命の掛かった戦場に送り出すとき、ガデュリスの目に励ましの籠った色はまるで無かったんだ。道具を送り出していたんだよ。今までもそうだったんだ。ずっと前から変わらず、常にその目を向けて来ていたんだよ」


 ボツは聞きながら、思う。

 ガデュリスが、ナイリの言うようにボツ達を“蔑視”しているのであれば、その理由の候補として場末に対する差別意識が思い浮かぶ。

 しかし、それは瞬時に対象外に外した。

 ナイリやボツ、それにミカも元から都市に住んでいる者であるため、それは有り得ない。


 「ただ、俺っちは今まで、ガデュリスから感じ取っていたその非情さを、信じたくなかったのかも知れない。厄介なんだよ。俺っちの目的のためにも、ガデュリスに反抗することは好ましくなかったんだ。だから今まで指摘することは難しかった。……だけど、昨日の外出(がいしゅつ)で、確信に変わったんだ。アイツにとって俺っちらは、塵芥も同然なんだよ。未知の開拓なんて、ただの戯言なんだっ……」


 ナイリの中の憤怒が滲むように伝わってくる。

 だが、ボツに言わせてもらえば――、


 「なんで、そんなに確信が持てる?」


 「お前には見えていないんだよ、ボツ」


 「体感なのか? ガデュリスの表情がそれっぽいから、そうと信じているだけなんじゃないのか? こう言ったらなんだけど、自信あるよね、ナイリ。少なくとも僕は、感覚に頼ることはあまり好きではないかな」


 「ボツ」


 ナイリが鋭い目で睨んできた。


 「厚意を抱いていると、お前自身が認めたんだろ」


 「……あー……そ、それは、確かに、そうだけど……っ」


 ――途端に、ボツの中で合点が行く。

 想起されたことが、厳密に、二点――。


 一つは、ボツの焦燥が正確に見抜けられていたこと。

 もう一つは、ボツが交渉を持ちかけた第二の目的を、“厚意”という感情の形で察せられていたこと。

 ボツは、こう尋ねてみることにした。


 「じゃあ、ナイリ。質問させて欲しい。僕が今抱いている感情は、何?」


 「怪奇なんだろ、俺っちが」


 「そうだね、それは間違いないよ」


 ボツは半ば笑いながらそう返した。


 「とりあえずは、この目を信じてもらえているようで嬉しいんだけど」


 「じゃあ、もう一つだけ、質問させて欲しい。僕は今、何を考えていると思う?」


 「そんなことは分かったもんじゃないんだ」


 「……なるほど……いやー、凄いよ、ナイリは。ありがとう、ナイリのガデュリスに対する見解が、だいたいは理解できたよ」


 「……そうなんか? 本当に、アイツに対抗できるんだな?」


 「うん。きっと、自分にこう言い聞かせながら野次を飛ばすことになるよ――僕もガデュリスの非情な瞳に感付いていて、ナイリに賛同しているんだ、とね」


 ――とは言うも、実は、ボツにはガデュリスに反抗する未来は想定していない。

 少なくとも、ボツの企図が思い通りに上手く運べば、だ。

 壁の外でナイリと話し、あわよくば仲良くなり、その過程で、どうにかして彼女にガデュリスという存在を許容させる――それがボツの企図だ。

 失敗すれば、まあ、その時は約束通り、ガデュリスに反抗しなければならなくなるが。


 「ふぅ……」


 ナイリが頷くと、今度は溜息を付いた。

 ボツにはそれが、どこか安堵するような溜息に見えた。

 演技であっても、ボツが味方に付くことがこれではっきりしたから、だろうか。


 ガデュリスに反抗する者が一人でも増えることは、ナイリにとっては貴重なことなのだ。

 ボツが推察するに、ナイリは“ガデュリスを表で戦わせることが(そと)を攻略する上での唯一の鍵”であると認識してしまっている。


 「それじゃあ、明日の調査外出(がいしゅつ)、よろしく頼むよ」


 別れの挨拶を済ませ、ボツは自室“214”へと戻った。

 携帯を手にし、ガデュリスにメッセージを送信――出航の予約を願い出た。

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