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丸の外  作者: 出見塩
 第一章 雪降る森
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1:5 『訓練場』

 装置の電源を消し、リュックに直す。


 「……やばいね」


 束の間の沈黙を、ユィディがそう言って破った。


 「まあ、そうかもな。因みに、十人みんなが生還したと言っていたが、それは嘘だ。一人死んでいる」


 「……そう、なんだ……」


 些細ながらも酷く悪辣なフェイクニュースを知らされ、父が呟く。

 この報道で、民により大きな希望を与えるために“万全”を主張したかったのかも知れない。


 「戻って来られてから~ぁ、名誉というか~ぁ、スタンス~ぅ? ニールは今、都市でも高い位置に置かれてるんじゃな~ぃ?」


 「いや、そんなことはない。今までと変わって特別な待遇を受けるようなことはなさそうだ」


 「え、そうなの~ぉ? それは残念ね~ぇ。なんか、心の底から感謝してる~とか言ってたのに~ぃ? ま~ぁ、別に驚くことでもないか~ぁ」


 「分からなくもないさ。生還したのはすごいこと。だが、それでいて一度生還したに過ぎない。王は、俺たちが本当にこれから壁の外を開拓できるとは、まだ信じ切ってはいないのかも知れない」


 報道で庶民に見せる顔は、いつも上辺の面だ。


 「なら、証明してやれば、いいじゃん。ニール達に、出来ないことはない、ってな」


 機材弄りに向き直っていたビュキツがそう言った。


 「ああ、そうだな。恩恵を受けられるのであれば、王もが認める程の著しい成果を成し遂げてからになるだろうな。……その時は、お前たちを、都市へ移住させられるかも知れない――」


 そう言うと、一瞬、皆の動きが止まって、ニールに視線が集まった。


 「それは本当か? ニール」


 「もちろん確証はないが、可能性としては十分にあり得ると思う」


 そう答えると、父の目がパッと開かれた。


 「うん! とにかく頼んだぞニール! 機会があったら、すぐにでも要請して欲しい。いやいや、何から何まで、本当に感謝しかないよニール。ありがとう! 移住なんてできなくても、それでもありがとうだよ!」


 「……わ~ぁ、都市に移住なんてできたら、幸運ね~ぇ」


 「おい? まてまて、都市へ、移住⁉ いやいや、お前だけで、いいよ。俺は、ここでいいし」


 ビュキツは嫌そうにしているが、彼もきっと都市での生活に慣れると思う。

 移住できたらの話だが。


 「二―、それはそうと早く――」


 「ああ、ゲームだったな」


 「よっしぇっ!」


 一段落ついて。

 父、ユィディ、ビュキツ、ニールと、四人でボードゲームを嗜んだ。

 母は沸き起こる喚声を聞きながら、炊事やら家事を続けていた。

 途中、母の落とした茶碗を妹が走り寄り、拾ってあげていた。


 ボードゲームは、ここのところ勝率の拮抗しているビュキツに僅差で負けてしまった。

 晩飯も、皆で食べた。

 “大根入りのお湯”とも言うべきそれは、殆ど味も量も無かったが、それでもある意味おいしかった。


 今夜は、実家で寝た。


     ◇   ◇   ◇


 「その昔は、作物が育つのに、何十日も、掛かっていたから、だろ」


 翌朝――父とビュキツとで、不毛な話に花を咲かせながら畑へと赴いた。

 都市から更に離れたところで、ここまで来ると住宅も少なく、壁にも近い。


 数十分歩き、ストリエーラ家が担当している畑に着いて、仕事に取り掛かる。

 他の区画で畑仕事をしている人も見て取れる。

 ここから採られる作物の殆どが、税として都市へ渡されるのだ。

 それも、担当区画ごとに定められた量と品質を満たされていなければならない。


 「父さん、最近の体の調子はどうだ?」


 「そうだねー……正直に言って、良くも悪くもなってないってところかなー」


 「そうか」


 これは、父と会う度に訊いているかも知れない。


 ――父は、体が弱い。

 給料がままならない理由もそこにある。

 元は近くの工場で働いていたが、体調が衰えるにつれて働けなくなってしまった。

 畑仕事も十分体力を使うが、畑ならまだビュキツが手伝いに来られる。

 頻度は少ないが、ニールだって助力になれる。


 「ユィディが良く、君と会いに都市へ行きたがるんだよ」


 「……そうか。どうせゲームがしたいだけなんだろうな」


 妹のユィディも、この時間帯は家にいないことが多い。

 母と一緒に井戸まで水を汲みに行ったり、市場への買い出しに同行していたりする。

 盲目の母を単独で行動させるのは危険なのだ。


 「いいや、ゲームだけじゃないと思うよ? ユィディはどうやら、訓練場で強くなって(そと)に出たいようなんだ。……僕は、断じて(そと)には行ってほしくないんだけどね」


 ……確かに、ユィディの身体能力には侮れないものがある。

 母の援護が務まるのもそれが理由だ。

 大の男を返り討ちにするぐらいなのだ。

 しかし、禁忌実行隊には、遠く及ばない。


 ――やがて、時間が来た。

 ニールは別れの挨拶と共に畑を去り、来た道をグーッと――徒歩、バスを、モノレールを利用して、都市へと戻った。


     ◇   ◇   ◇


 昼過ぎの頃合い。

 通路端のベンチを通り過ぎ、寮に帰り着く。

 昨日、シアラが座っていたベンチだ。

 あの時、何かと雰囲気がちぐはぐで、気まずくて声を掛けられなかった。

 次会うとき、そのことに触れようか迷う。


 「ふぅー……」


 自室に入り、制服に着替えて再び寮を出る。

 訓練場へ行くべく、都市の道を歩いていく。


 都市(とし)――。

 天をも貫きそうな程の高さと、美麗な姿形を誇る数々の建造物が、窮屈に隣り合って屹立している。

 そんな凄絶な立体都市の麓まで下り、ニールは街路を歩く。

 麓まで来ると昼間であろうと薄暗く、夜と同じように街灯や広告板が煌々と輝いている。

 太陽の光が、ここまで届かないのだ。

 幅広い街路を進むニールの周りには、行き交う都市民でごった返している。

 彼らは皆が、ニールに言わせてもらえば清潔さある。

 スーツを着こなす男性、肌の露出が多い女性、頭髪や身なりを派手に装飾していたりと目に眩しい者が多い。

 ふと、頭上から車のクラクション音が鼓膜に届いた。

 見上げれば、滑走車の滑らかな底面が、縦に幾つも並んでいた。

 ニールの頭上を通る、紫色に燐光する車道は見透けられて、下からでも渋滞しているのが視認できる。

 更にその遥か上方には高速道路があり、そちらは遺憾なく滑走車が進んでいる様子だった。

 いま示した二つの車道の間をまた“街路”が通っていたりと、まあ、とにかく視界に入る情報量を意識し始めたら頭がパンクする。

 この都市の外観を古代人に執筆で伝えてみろ――そんなネタも流行ったものだ。


 そんな爛々とした都市の、政治的頂点に値する建造物――“都市城”。

 ここから――建物の隙間から垣間見える姿だけでも美しく映る、芸術作品だ。

 周りの建物に比べて背丈は低いが、それが反って存在感を主張しているようでもある。

 歴史的な建造物。

 わざわざ造り替える必要もなかったろうにと、そうも思えてしまうが。

 中身が腐った美人を連想させるそれは、王の住み家である。


 そして都市城の近くに、ニールの目的地が建っている。

 実のところ、寮から十分も歩かずして着いた。

 訓練場というが、それはもっと大きな施設の地下にあるもの。

 潜行隊が利用している施設に、禁忌実行隊員用のフロアを設けてもらったと聞く。

 余談だが、ニール達の住む寮も潜行隊のものだ。


 「――――」


 建物に入り、エレベーターを利用して階層B2へ――禁忌実行隊訓練場と称されるその階層まで下りる。

 降り、簡素なロッカールームを縦断し、両開きの透明な自動ドアを通って“広間”へ。

 広間――ドーム状の、広大で全体的に白い空間だ。


 「おはよう、ニール!」


 広間の中央には、大きな円卓が置かれてある。

 七つの椅子を取り巻くその円卓に、ただ一人――ボツが着席していた。

 円卓に置かれてある機械類を検分している様子だった彼が、ニールにそう挨拶してくれた。


 「おはよう。……ボツだけなんだな。遅刻したから、皆が既に円卓を囲っているものと思っていた」


 「そうだよね……実は、遅刻しているのはガディも同じなんだよ」


 「そうだったのか」


 ガディことガデュリス隊長は、今日は言伝のため集まるだけで訓練の予定はないと言っていた。

 遅刻とは珍しい。


 「言伝なんて、グループチャットで送ればいいのに。そう思わない?」


 「さー。あいつは、電子でのやり取りを嫌うからな。……とりあえず、他メンツ見て来る」


 「うん」


 円卓に座っていたのはボツだけだが、訓練場には他のメンバーもいる。


 ドーム状のこの広間には、他に六つの“ルーム”が均等に併設されている。

 それぞれが同じ、中で縦横無尽に動き回ることのできる広い空間だ。

 というか、縦横無尽に動き回るための空間だ。

 広間とルームとを隔たる巨大な窓ガラスは、“基本”透明で、ルーム内の全貌が窺える。


 ニールはとあるルーム――ミカが利用するルームの前まで歩み寄った。

 中は、随所が赤色に染め上げられていた。


 「ほっ! へいっ! ていっ!」


 ルーム内で華麗に立ち回り、矢継ぎ早に襲ってくる狼たちを次々と仕留めている。

 “狼”――それは、施設が生み出している仮想上の3D・AIモデルだ。

 体一面を肌理のない縹色で覆い、やられる度に、ブロック状の粒々に砕かれ消散している。


 そして、ルーム内の構造はただの四角い空間ではない。

 いや、元々はそうだったが、“改造”が施せられるのだ。

 “環境”の項目を“森”に設定したのだろう――木や岩といった模造の3Dモデルがルーム内に散在している。

 それらも、空虚に生み出されている仮想上の物体だが、感触や物理的な規則性は現実のそれに限りなく近い。

 単に、殴れば痛いのだ。

 仕組みはニールにも到底わからない。

 要するに、好きな環境と敵を選んで模擬交戦が行える訳だ。


 ――ミカが“双銃”から放つ赤いペイント弾が、ニールの眼前にある窓ガラスにペチャッ!と付着し、それが窓ガラスのカラクリによって次第に消えていった。

 赤いペイント弾――正確には、ミカの血だ。

 双銃はそれぞれ、ミカの二の腕と細い線で繋がっている。

 そこからミカの血液を吸って特殊な銃弾と化して放ち、敵を打つのだ。

 四面の随所が赤く汚れているのは全部、彼女の血なのだ。

 彼女が失血しない理由だが……。


 「――ガッ!」


 ミカが、跳び付いてくる“狼”に喉元を噛まれ、その勢いのまま反転しながら無様に転倒していた。

 訓練者の脱落を察知したルームが、空間内から全ての“狼”を削除する。


 奇しくも、ニールの近くにまで倒れてきたミカ。

 首が九十度に折れ曲がっており、喉元はひしゃげて肉と管が呈され、鮮血をドバドバと流している。

 黄色の瞳は微動だにせず、生気の一切が抜けている。

 だが、少しすると、ひしゃげた肉や皮膚が気味悪く蠢き始めていた。

 緩慢に、加速度的に、首が元の姿へと逆再生し始めたのだ。


 「――どうだった?」


 停止していた瞳が唐突にニールを捉え、ミカはどこか揶揄めいた笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。


 「悪くない動きだった。無駄打ちもかなり減ったようだしな」


 「ふうん。トギっちより強い?」


 上体を起こし、わざわざ横目で訊いてくる顔には謎の色気がある。


 「さー」


 「アッハッハ!」


 良く笑う奴だ。

 ミカは活気あふれた風に立ち上がって背伸びをし、魔二遊子等を直してルームを出た。

 無人となったルームは、巨大な窓ガラスを黒く染め、中が見えなくなった状態で自動清掃に取り掛かった。


 「……不死身……」


 本人には聞こえない声でそう呟いた。


 ――ミカは、自分のその特異体質を“呪い”と蔑称している。

 誰も、本人も、要因や性質を分かっていない。

 彼女は一時期、科学者に狙われ甚振られていたという。

 無理もない。

 衣服類すら還元するのだ。

 現代科学の唯一届いていない領域が魔法の類であり、存在の有無すらあやふや――都市伝説級に稀なのも助けにならない。

 

 「ニールも遊んでいいよお。ガディ遅いようだし」


 タオルで顔を拭くミカが、今しがた出て来たルームを指しながらそう言ってきた。


 「いや、大丈夫だ」


 「そっか」


 言いつつ残念がる様子もなく、ミカはロッカールームへ向かった。


 ニールはまた別のルームへ――トギトウが利用するルームの前まで歩み寄った。

 ルームを利用していたのは見た限りミカとトギトウの二人だったので、ただ気が向いた。


 トギトウは一体の巨獣と交戦していた。

 動きの速さも高く設定されていて、きっと(そと)で邂逅した大鱗狼を模したいのだろう。

 可能な限り似せているだけであって、ニールが見たモノからは程遠いが。


 こちらは“無地”――空間に障害物のない環境で鍛錬している。

 柔軟で滑らかな動きをするミカとは違って、トギトウはどこか的確で力強い印象を与えてくれる。


 トギトウの愛武器に該当するのが、“腕”と“脚”だ。

 厳密には、それらの膂力を科学的な要因で増幅している装着物なのだ。

 “剛腕”と名称し、最大二倍にまで力を増幅することが出来る。

 黒をベースとした生地は、布のような感触なのに、装着すればプラスチックみたいに肌に密着して少し気持ち悪い。

 起動中は黄緑の唐草模様が燐光していたりと、“魔二遊子等”に負けず劣らず特異的だ。


 「うっらぁっ!」


 物理的に存在しない筈の巨獣に、打撲傷を負わせるトギトウ。

 傷を負った部分が発光する。

 あれは、設定に基づいた、出血等による理論上の体力の削減など、か細いところまでが計算され、巨獣の動きに反映される。


 「――おっ、ニールじゃねぇか!」


 ニールに気付いて動きを止めたトギトウへ、巨獣が大きく齧り付いた。

 その瞬間、訓練者の脱落を察知したルームが、ブザー音と共にルーム内を赤く点滅させ、巨獣を削除した。


 胸辺りの極小なスイッチで“剛腕”の効果を消しながら、トギトウは今頃ルームから出て来ているのだろう。

 ニールは既に円卓へと歩き出していたところを、トギトウが後ろから追い駆けて来る。


 「よぉ兄貴!」


 「いつから兄貴なんだ」


 「なぁ今日も教授してくれよ。やる気に満ちて狂いそうだぜぇ!」


 「いや、今日はいい」


 「はぁ? なんでや。暇じゃねぇのかよ?」


 「暇だ。かと言ってお前に時間を分けたい気分ではない」


 「チッ、クソだな。おれは教えてくんねぇと強くなんねぇんだぞぉ」


 「もう十分強くなっただろ。そも、俺が渡した課題は出来ているのか?」


 課題――それはニールが定めた、今のトギトウの実力に合った交戦設定の完遂。


 「それはぁ……まだだな」


 「なら俺に教えを請う資格もないな」


 「なんっでだよぁ! 毎回あと少しのところまで行けてんっだがはぁぁぁ」


 円卓へ、ニールは自分の席に着いた。


 「よーしっ、これで大丈夫!」


 その隣の席で、ボツがそう言いながら立ち上がると、検分していた機械を身につけていた。

 ――リュックのように肩に掛け、腰のベルトを締めるような形だ。

 この機械は彼なりの防衛策で、昨日の雪降る森でも装着していた。


 ボツがそれを起動させると、彼の周りに四つのシールドが張られた。

 透けた緑色で、楯を象っている。

 ニールがシールドを三度、軽く殴ってみた。


 「こいつは突き破れないな」


 これも、ルームの3Dモデルと同じ原理なのだろうか……。

 ボツは持ち前の知識だけで、自力でこういうものを作ってみせる。

 ミカの“魔二遊子等”や、ナイリのジェットパックも、ボツの工作技術が大いに貢献している。


 「ときにボツ、ナイリはもう来ているのか?」


 「あ、うん、ナイリなら“メインルーム”にいるよ。いつも通りね……」


 メインルームとは、もう一つ下の階のことだ。


 「そんなら、まだ居ねぇのは、シアラと――」


 トギトウが人名を数えようとして、そこで止まった。

 出入口の奥で、遅刻していた隊長――ガデゥリスが、ちょうど姿を見せていたからだ。

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