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丸の外  作者: 出見塩
 第一章 雪降る森
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1:1 『禁忌実行』

 「……おい、ニール! 聞いてんのかよ⁉」


 青年――ニールは回想に浸っていた意識を現実に引き戻された。


 「なんだよ、トギトウ」


 「お前こんな時にも寝惚けんのかよ。どうやったらそんな冷静でいられんだマジで。緊張感持てや」


 「……そうか」


 ゆらゆらと乗り物が揺れる。

 ガタガタと、機械の動作音が響いている。

 昇ったばかりの太陽の光が差し込んでいる。


 今、航空機に乗っている。

 上空一キロメートル以上。

 十人が乗機していて、切迫した空気が漂っている。

 向かい合った席に四人と五人、操縦席に一人が座っている形だ。

 窓の外を見れば、大きく弧を描く巨壁が見て取れる。


 「壁まで残り十キロメートル」


 操縦席に座る男が、乗機する禁忌実行隊にそう言い渡した。

 ――これから、壁の向こう側へと渡る。


 「俺は、冷静でいた方がいいと思うけどな」


 「おめぇのその、余裕ぶってる顔が昔からうぜぇんだよ」


 「……そうか」


 ニールの隣に座る青年――トギトウは、ここにいる人たちの中では最も幼い頃からの付き合いだろう。

 赤色の短髪に、瞳は黒色をしている。

 背丈はニールより高い。


 「シアラも、おれ強ぇぜみたいな空気出してるこいつ嫌だろ?」


 「えっ? ……いや、別に、そんなこと思わないよ」


 ニールと対面して座る少女は、話しかけられたことにふと驚いたようだった。

 困惑した様子で返答していた。


 「ふぅん。ニールでも、そんなお世辞ぐらい見破れるっつぅの」


 「なっ、トギトウ! そういうのやめてよもう……」


 少女――シアラに怒られ、トギトウは悪辣な笑声を上げていた。


 シアラ――。

 彼女がまだ幼かった頃の出来事を、つい先程まで思い返していた。

 純白の髪は随分と伸びている。

 水色の瞳。

 背には新しい弓を掛けている。


 危険は怖いとか言っておいて、結局はここにいるのだから変な奴だ。

 まあ、変な奴なんて、ニールが言えたことではないが。


 「ん、ニール……? まさか、トギトウの口車に乗せられてないよね?」


 「いや、トギトウの話は耳にも入ってこない」


 トギトウが鼻で笑った。


 「そ、そう……じゃあ、その……なんでそんなジッと見てくるの」


 指摘されて気付く。

 ニールはシアラを観察するように見ていたのだが、その眼差しに配慮が足りていなかったようだ。

 しかし、どうも先程からシアラの様子が気になるのだ。


 「シアラ、緊張してるか?」


 言うと、シアラの肩が不自然に跳ねた。


 「……それは、するでしょ。緊張ぐらい。ニールじゃないし」


 「いや、緊張じゃなくて……いや、やっぱ忘れてくれ」


 言葉を選んで再度尋ねようとも思ったが、思い留まった。

 怪訝な顔をするシアラ。

 しかし、視線をニールから外すとまたすぐに、自分の意識に没入するかのように目が泳ぐのだ。


 「何が聞きたかったんだよ、ニール」


 「別に、大切なことじゃない」


 「気にさせてくれんなやクソ……」


 ニールも、表に出ないだけで完全に平常心という訳でもない。

 恐怖心も少なからずあるし、同時に昂揚感も抱いている。


 「みんな口数減ってんなぁ。まぁ、それもそうか」


 トギトウが言うと、「お前がうるさいだけなんだよ」と威勢のいい幼女の声が飛んできた。

 「こんぐらい許せやなぁ」とトギトウは返していた。


 声の主である群青髪の幼女――ナイリはそれ以上気にする風はなく、たばこを再度口に銜えた。

 銜えて、カリッと噛んだ。

 咀嚼して呑み込んだ。

 たばこというか、子供に人気の、そういう菓子だ。

 厳かな瞳は、白と黒が混在しているような外観で興味深い。

 癖のある人物だが、それは彼女に限ったことでもない。


 ニールの左隣には、桃色髪の少女――ミカが座っている。

 少女というか、少女か女性か呼称に困る辺りだ。


 ミカの着るオーバーオールが、多様な色彩のペイントで汚れている。

 出発前に描画でもしたのだろうか。

 印象的だ。

 緊張感どうこうと言うのなら、彼女に言って欲しいものだ。


 椅子に片膝を上げ、愛用の武器を片手でクルクルと弄んでいる。

 愛武器――特殊な双銃であるそれらを“魔二遊子等”と銘打っていたりするが、とにかく遊心が垣間見える。

 いつもは陽気に振舞うが、たしかに今は、落ち着いているかも知れない。


 次して、最後の六人目。

 ニールの斜め前――操縦席に一番近いところに座っている少年の名を、ボツという。

 ボブカットの緑髪に、茶色の瞳をしていて、眼鏡もする。

 体中に装備した機材類を指摘しなくても色濃い人物だから、相当だ。


 膝に乗せたノートパソコンをカチカチ鳴らしながら、時折眼鏡の位置を修正するのが見ていて面白い。

 ――いや、今付けているのは、眼鏡ではなくゴーグルだった。

 位置はズレない筈だが……条件反射で触りたがるのだろうか。

 まあ、いい。


 ニール、シアラ、トギトウ、ナイリ、ミカ、ボツ。

 六人。

 操縦者のガデゥリスを合わせて、七人。

 この七人が、禁忌実行隊の総隊員だ。

 小規模は伊達ではないと改めて思うが仕方ない。


 「……にしても、アイツらを加えて本当に良かったのかよ」


 トギトウが小声で呟く。


 この七人の他に、三人いる。

 三人は同様に、質素な装備にライフル銃を携えて座っている。

 数分前に初対面の挨拶をして以降、彼らは黙りこくっている。


 “潜行隊”からの助っ人だという。

 潜行隊はニールも聞いたことがあるぐらいで、詳しくは知らない。

 事情あって壁を越えるのに十人必要とのことなのだが、それも良く知らない。

 彼らと上手く連携が取れるかは未知数だが、隊長が承諾したものだから仕方がない。


 「おい、何立ってんだよニール」


 「少し見たいものがある」


 ニールは席から立ち上がり、航空機の正面の方へ。


 「壁まで残り二キロメートル。……席に戻ってシートベルトを付けることをお勧めするが」


 トギトウと似た注意をしてくる航空機の操縦者――ガデゥリスに「ああ」とだけ返してやった。


 灰色の髪を後ろで結んでいる。

 瞳は橙色をしている。

 よく隊員からは“ガディ”と呼ばれている。

 今日も髭を剃り忘れている彼が、禁忌実行隊長だ。


 ――七年前、この男に見つかってニールの日常は一変した。


 「既に伝えたが、壁を越える際には激しい揺れが予想される。立っていては危ない」


 「いい。……そんな、禁忌実行してる奴から言われたくない」


 皮肉を溢しながら、正面――こちらへ接近してくる巨壁を見る。

 ……いや、接近しているのは航空機の方だが、そう錯覚してしまう。

 あんなに高かった壁が、今ではニールの足元より下にあり、どことなく感慨深い。

 壁の向こう側だが、薄い雲が敷布のように外の世界を覆い隠していて、結局覗き見はできそうにない。


 ――壁には、矢印がある。

 大胆な、大きな矢印だ。

 上を示している。

 黄色だが、随分と荒廃していて判然な矢印とは言えない。

 “この上を通って壁を越えろ”と、そう示している。

 実際、ここ以外を通った試用機械はすぐに壊れたらしい。


 「別に、ここで怪我したいと言うのなら、立っていて構わないが?」


 ガデゥリスが言い返してきた、その頃。

 壁の向こう――“(そと)”を覆っていた薄い雲が、濃く、変色し始めた。

 まるで、航空機を(そと)に迎え入れているかのように、それらの雲々は腫れ上がっていく。

 晴れやかだった周りの天候も、徐々に暗く姿を変えている。


 「俺がここで怪我をするということは、お前の航空機の操縦が下手糞だったということだろうな」


 「いいから座れ」


 ニールは内心にやけながら席へ戻り、シートベルトを着用した。

 そして、航空機はやがて、黒雲に呑まれた――。


 それは、嵐の中を進むようだった。

 暗澹、周りが見えない。

 重々しい音響。

 大粒の雨が機体を叩いている。

 ガタガタと、航空機が激しく揺れる。

 ――外で、何かが光った。

 雷だろうか。

 死線を歩いている感覚がする。

 誰も口を開かず、微動だにせず、不安と緊張だけを表情に浮かばせて。

 ゆっくりと、未知の領域へと進入する。


 「――――」


 五分は、続いただろうか。

 混沌とした世界が、落ち着きを取り戻し始める。

 音響も和み、辺りの黒雲も徐々に薄れていく。


 「なんか、寒くねぇか」


 トギトウが腕をさすりながら言った。


 「確かに、さっきよりよほど寒い」


 窓を覆っていた雲が晴れ――(そと)の景色が、露わになる。


 「……そりゃぁ、寒いわな」


 雪が降っていた。

 外の景色は開けたものの、それでも全体的に白く濁っていて鮮明には見えない。

 つらつらと降る白い粉が、遠く風景を蠢かせている。

 ――雪天は、写真などでしか見たことがなかったので、正直、感銘を受けた。


 空は厚そうな鉛色の雲に覆われていて仄暗い。

 地上には数多の……木だろうか――森が、広がっているように見える。

 どうやら壁の向こう側には、雪降る森が待ち受けていたようだ。

 少なくとも、ニール達が出て来たところには、だが。


 「ジャンパーを着ろ」


 ガデゥリスが指示した。

 皆がそれぞれ装備を一時的に外して、椅子の下から取り出した防寒具類を装着する。

 ジャンパーと言うが、あくまで白色がベースの戦闘用の表着だ。


 ガデゥリスが、航空機の標高を降ろしていく――。


 「なぁ、ありゃなんだよ」


 「……大樹?」


 背後――右面の窓から見えてきた“それ”に、トギトウが反応し、ニールも目を向けた。

 遠くにあるそれを見て、大樹――最初に浮かんだ言葉がそれだった。


 ただ、我々が空想する典型的な“大樹”とは、明らかに異なっていた。

 枝が広がり葉が生い茂る筈の頭部が、見かけからして、巨大な氷のようで……。

 表現するなら、“樹冠が氷塊の大樹”だった。


 「光っとるくね? あの中」


 トギトウの言う通り、その氷の樹冠からは、中で灯るような、淡い輝きが見て取れていた。

 ――青く、濁った風景の奥で揺らめくような光輝だ。


 「ねぇ、こっちにもある。大樹みたいなもの」


 対面の席からそう声掛けたのはシアラ。

 どうやら、航空機の反対側にもそれらしきものが見えるようだ。

 氷の大樹は複数本、あるのかも知れない。

 だが、シアラ側に見える大樹には青い輝きが見て取れなかった。

 光る大樹と、光らない大樹があるのだろうか……。


 「(そと)出て、早速わけ分からん……」


 トギトウのその愚痴には共感する他ないだろう。

 しかし、未知の領域であってそれは当然だ。

 理解が及ばないからと言って、無為に引き返すわけにはいかない。


 「――ボツ、地上の状況は分かるか?」


 ガデゥリスが、ノートPCを注視する眼鏡少年――ボツにそう尋ねた。


 「あー、そのっ……こ、ここは駄目だ! たくさんの反応があるっ」


 ボツは焦燥した声で報告していた。


 「そうか。それじゃあ、反応がなくなったところで着陸といこうか」


 ――ボツのノートPCは、逸品だ。

 彼が設計した、複雑な機材類の仕組みによって、航空機からでも地上にある“動体”の反応が感知できているという。

 そんな話をしていた。

 出発する前、航空機の底面に何かを設置していた光景が思い出される。

 恐らくあの時に、例の機材を設置していたと思われる。


 ボツの言う通りにそれが機能しているとすれば、反応は、地上の森に陸棲動物の類が生息していることを示唆している。


 「ガディ隊長、今、西に曲がり始めているよね?」


 「ああ。地上に何やら危なげなものが見て取れた。その真上を通ることを憚った」


 ボツは、窓から下を覗くように、体と首を傾けた。

 ニールの位置からは、彼に何が見えているかは窺い知れない。


 ボツが再度ノートPCを確認すると、ガデュリスに言う。


 「よし。とりあえず、このまま西に曲がって進んでいれば反応から離れられると思う」


 「分かった」


 どうやら、ボツと操縦者の間でしか分からない意思疎通が繰り広げられていた。


 因みに、西だのと言っているが、北極点は地久(ちきゅう)の中心点だ。

 一般的に地久(ちきゅう)上で方位を言うときは、太陽の進路を基準とした“昇降背正(しょうこうはいせい)”がよく使われるが、方位磁針に関してはいつも地久の中心点を指している。

 禁忌実行隊は、未知の領域において“東西南北”を使うことで合意がされた。


 「やっぱり、反応が薄まってきたね。あとしばらく進めば安全な状況で着陸できると思うよ」


 航空機に添付された羅針盤は、規律通り、ニール達が来た方向へ、北――N極が指している。

 壁を越えて磁場が変わるような現象はなかったようだ。


 「この辺りでもう大丈夫な筈だよ」


 「了解。機体を降ろすぞ」


 いよいよ、着陸の時がきたようだ。

 ――甲高い機械音が響く。

 航空機の周りに、雪煙が舞う。


 「んんっなんだか血が漲ってきたあ!」


 「ふ、なんか分かる」


 背伸びをしながら言うオーバーオールの少女――ミカに、トギトウが共感を示した。


 そして、航空機は無事、着陸する。

 機械音がゆっくりと静まっていく中、操縦の責任から解放されたガデゥリスは、傍にあった通信機に手を伸ばし、耳に当てた。


 「……………………」


 反応を待つ。

 しばらく、機内は静寂に包まれていた。


 「ここからじゃ通信届かないんだろ」


 「……ああ、どうやらそうみたいだな」


 ニールがその静寂を破り、ガデゥリスも観念して通信機を元に直した。

 彼は都市の局部と連絡を取ろうと試みたのだ。

 しかしながら、壁越しの連絡は望めないようである。


 「降りるぞ」


 隊長の指示を受け、各々が席から立ち上がる。

 ニールも、刀とインカムを装備すると、最初に航空機を降りた。


 冷気に顔を撫でられる。

 薄く積もった雪に、足跡が残されていく……。


 「――――」


 (そと)――。

 淡い。

 なんといえばいいだろうか。

 薄いというか、別に空気が薄いわけではない。

 どことなく濁っている。

 透明という言葉も浮かんでくる。

 そんな、表現し難い異世界感。

 きっと雪や寒さとは関係のない、不思議な雰囲気だった。

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