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丸の外  作者: 出見塩
 第一章 雪降る森
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プロローグ 『地久』

 夕日が高い壁を照らしている。

 高い、高い壁だ。

 一キロメートル程も高いとされる。

 右へ左へずっと続いている。

 動いていないのに、こちらに押し寄せて来るかのような圧迫感がある。

 石や岩でできたその壁を、蔦や植物が侵食している。


 「――――」


 少年は、フェンス越しにその壁を眺めていた。

 このフェンスの向こうに、またフェンスがある。

 二重構造だ。

 フェンスの上には針がグルグルと掛けられていて登れない。

 いや、ニールなら容易に登れるが、常人がわざわざ血だらけになりながら登るようなことはしないだろう。


 こうしてフェンスを設けて住民をあの壁から隔てているのだが、昔もそうだったらしい。

 昔というか、大昔。

 というか、少なくとも人類史が記録している限りではあの壁は近づいていいものではないようだ。


 「――――」


 少年――ニールは後ろを向いた。

 背後には、眺望の良い大地――絶景が、広がっていた。

 豪然たる立体都市が凄絶に映り、晩陽が刺して明媚な景色だ。

 夜になって都市が輝けばなお、神々しい。

 ここ――この美しい大地を、地久(ちきゅう)と呼ぶ。


 地久(ちきゅう)――。

 地久は壁に囲まれている。

 地久に都があり、ニールがいて、人類がいる。

 我々は壁の中に幽閉されている。

 丸の形だ。

 この丸の中で、人類は生まれ育ったのだという。

 昔から、古代から、それこそ猿人とか、増してはそのもっと前から……全てこの中で起きたという。


 決して狭くはない。

 ……いや、現代において言えば、それは嘘になる。

 狭い。


 しかし、少なくとも古代の人たちにとってここを狭いと感じたかは議論の余地がある。

 広い。

 ここから見ただけでは、壁が丸を形成しているなんて分からない。

 むしろ、ここからでは壁はずっと真っ直ぐ続いているようにしか見えない。

 それぐらいには、広い。


 「――君、この近くに住んでいるよね? この前も、ここで会ったもの」


 ボーっと壁を眺めていると、死角から人の近づいてくる気配を感じた。

 声を掛けられてから、振り返った。


 そこにいたのは、拙く切られた白髪の女の子。

 ニールと同い年ぐらいに見える。

 背に弓と矢筒を掛けている。

 右手には、死んだウサギ。

 傍らには如何にも相棒と分かる、可愛らしい猫が追随していた。


 風が吹いて、枯草と髪が靡く。


 「……お前か」


 女の子には見覚えがあった。

 前に一度会ったときも、この場で、同じように会った。


 「壁に嫌なことでもされたの?」


 ずっと壁を見詰める姿が不気味に映ったのか、そんなことを尋ねられた。


 「別に」


 「向こう側のことを考えても仕方ないと思うなぁ、私は」


 「そうかよ。お前はじゃあ、このままでいいと言うんだな」


 「このままって、どういう意味?」


 「分からないのかよ。このままだと、人類は生き延びられないんだ。新しい土地が必要ってな」


 「ふ~ん……どうして生き延びられないかは分からないけど、私はこのままで良し!」


 笑顔で親指を立てて言う女の子。


 「人類に憎しみでもあるのかよ」


 「え~? 逆だよ逆! だってさ、壁を越えた人達は戻ってこれないんでしょ? 誰も。それなら、壁の内側にいた方がいいと思うよ?」


 「……そうかもな。その認識なら、壁の外側に希望を抱くことは難しいかも知れない。だが、実は外側から戻ってこれたやつが一人だけいる」


 「え、そうなの?」


 二百年程前――人が乗り物で空を飛べるまでに技術が発展した頃、人類は初めて壁を越えた。

 十人が送られ、誰も帰還を果たせなかった。

 この時から既に、壁の向こう側を目指すことは忌み嫌われるようになったという。


 その上で尚、進展した技術を用いて百年後に再チャレンジされた。

 その時に帰還した者が一人だけいた。


 「そいつは帰ってこれたけど、深い傷を負っていて、帰ってきた頃にはもう血を失い過ぎてすぐに死んだらしい」


 「……深い傷? ……それって、ば、化け物に襲われて、みたいな……?」


 「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」


 「そんなの、もっと怖いよ。外の世界」


 「ああ、そうかもな。もっと怖い。ただ同じぐらい、俺は希望が持てる。向こう側には何かがある証拠だからな」


 「……君、変な人だよね。壁の外に行く気なの?」


 クククッと笑われた。


 「ああ、そうだ」


 そう言うと、今度は盛大に笑われた。


 「ハァ……君、面白いね。好きだよ、面白いとこ。そう言えば、名前をまだ聞いていなかったかな……名前はなんて言うの?」


 「……冗談じゃないんだ」


 そう言うと、女の子は腕を組んでムッと拗ねた顔を見せる。


 「真面目になってごめんなさいだけど、夢見ないで目の前のことに集中して生きた方がいいと思うよ」


 「――禁忌実行隊に呼ばれたんだ」


 「きんきじっこうたい? なにそれ」


 「壁の向こう側へ渡る小規模部隊。それが、禁忌実行隊だ」


 「――――」


 途端、彼女の纏う雰囲気がどこか引き締まるのを感じた。

 傍らに居座っていた猫も、手の甲を舐める仕草を止めた。

 そうして彼女の肩まで飛んで移った。

 猫からも視線を注がれた。


 「最初は訓練を重ねるやらなんやらで、実際に壁を越えるのはまだ先になるかも知れないが……もし良かったら、お前もどうだ。弓を使えるようだし、戦えるんじゃないのか?」


 二人の間に、しばし静寂が流れた。


 「……その、きんきじっこうたいっていうの、なんだか都市にあるグループみたいに聞こえるけど、そうなの?」


 「そうだ」


 「へ~……え、じゃあ、そこに呼ばれたってことは、君って都市に住めるってこと?」


 「そうだ。自分だけの部屋が用意されると聞いた」


 「うわぁ、すごいなぁ……都市に住むのって、どんな感じなんだろう」


 顎に手を当て、想いを巡らせるような仕草を見せる女の子。


 「もちろん、その代わりに死ぬ可能性が高まるけどな」


 女の子は、その仕草のまま固まった。


 禁忌実行隊の目的は、壁の外側にある未知の領域を開拓すること。

 時代と共に腐敗を続ける地久(ちきゅう)――。

 その外側にも人が住める新たな土地を用意し、人類存続の助けとなることだ。


 ニールはつい最近その部隊に招待され、近い内に迎えが来るという。

 人類存続に貢献できることは嬉しく思うが、ニールにとって招待を承諾するに至った一番の理由はそこにはない。

 純粋な好奇心もあるが、それでもない。


 事情があって、都市に住みながらお金を貰うことの方が個人の目的を果たしやすいのだ。

 外側に出たところで死ぬ気はないが、死んだら死んだで、その“個人の目的”に役立てられたならそれでいいとも思う。


 彼女は、どうだろうか。

 長い沈黙が流れている。

 猫が女の子と間近で視線を交わした。

 数秒経つと、彼女はまた盛大に笑った。


 「ッ、ハァ……君、やっぱり面白いよ。お誘いはありがとうだけど、私はいいかな。危険は怖いよ」

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