第18話 姫さま、屋敷に乗り込む
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(ジョゼフ・ジャステ)
馬車での帰り道、僕は殺されそうになった。
自分の死が迫る感覚、剣が打ち合う音、うめき声に怯えて馬車の中で震えていたら、冒険者が助勢してくれるという。
一緒に乗っていたじいが慌てて助勢を求めると、馬車の御者台から男が一人飛び降りてきて、あっという間に制圧してしまった。
そして、御者に剣を突きつけている。尋ねたら、この男が指示を出していたという。
通りすがりの犯行ではなく御者が主犯……いや、御者は主犯じゃないのかもしれない。だって、うちの屋敷の人間で悪いことをするのは一人だけだから。
僕が御者から証言を取ろうとしたら、生意気にも冒険者が言葉を遮ってきた。それだけじゃなく、脅してきた。
コイツも仲間かもしれない。だけど、脅し文句としてはなかなかで、僕はコイツの証言で犯罪者にされてしまうかもしれない。
どうしようと悩んでいたら、女の子がトコトコとやってきた。僕よりも幼い女の子が危機感もなく近寄ってきて……証人を撃ち殺した。
わかってる。あれはしょうがない。だけど、冷静に殺してしまった上に、チーム名を考えた、とかのんきなことを言っているので腹が立った。
女の子を叱りつけ、女性はおしとやかに馬車の中にいるべきだったのに、出てきて余計なことをしたと説教したら……僕を無視した。
その辺に座り込んで藪に手を突っ込んでいる。……なんなんだこの子は! だから平民はマナー知らずでどうしようもないんだ!
僕が怒鳴りかけたとたん、眼前に突き出されたのは……不幸を呼び死を招くと謂われている蛇だった。
僕は悲鳴を上げて逃げる。そうしたら女の子が蛇を持って追いかけてきた。いつしか泣きながら謝っていた。
羞恥に震えていると、じいがこのとんでもない二人を護衛として屋敷まで連れて行くと言ったので目をむいた。
「じい! どうしてこんな奴らを!?」
「馬車の中でお話しいたします」
じいは馬車の中で僕に言った。
「あの御方がたは、平民ではございません。恐らく、伯爵家よりも上位にあたる方ですので、相応の対応をされないといけませんよ」
僕は、じいの言っていることがわからなかった。
だって、どう見たって平民の冒険者だったじゃないか。
きっと、あの女の手先だ。屋敷に連れて行ったら悪巧みをするに決まっている!
でも、じいは「ご主人様にお話ししないといけません」とかたくなに言い張る。
しょうがないから、屋敷に着いたら僕が化けの皮を剥がしてやる!
……と意気込んでいたけど、緊張の糸が切れてしまった僕はいつしか眠ってしまっていた。
*
俺は姫さまをなだめて、子息を屋敷まで護衛することになった。
正直、これ以上巻き込まれたくないのだが……。
「姫さま、どうされます?」
「せっかくだから会ってみたい」
そう答えた姫さま。誰に?って考えて姫さまが前回言った言葉を思い出して合点した。
伯爵夫人。勇者の供の子孫にか。
……姫さま、ひょっとしてお供を増やすつもりか? でも、伯爵夫人は無理だろ。
あ。蛇を持って追いかけたのは息子も狙ったのか!? ……で、結局泣かせたのか。
屋敷に着き、主人に話を通しますのでお待ちくださいと従者から言われた。
謝礼を受け取るだけならいいのだが、姫さまは夫人に会いたがっている。謝礼代わりに会わせてほしいと伝えるか。
エントランスでしばらく待つと、先ほどの従者がやってきた。
「主人が、直接お礼を申し上げたいとのことです」
そうなるような気がしていたよ、うん。
ま、姫さまの目的は夫人だからいいかとうなずき、応接室に通される。
ほどなくして当主が現れた。まだ若く、しかも女どもが放っておかなそうな顔立ちをしていた。……もしかして夫人は顔に惚れて辺境伯を飛び出したとかないよな?
「ジャステ伯爵家当主、メールド・ジャステだ。息子を助けてくれたらしいな、感謝する。ところで……執事から話を聞いたのだが、どうやら普通の冒険者ではなさそう……というよりも、身分を隠されている様子ということだが……。事情を伺ってもよろしいかな?」
ジャステ伯爵は社交儀礼な挨拶とあからさまにいぶかしむ問いを投げかけてくる。
確かに、貴族の子女が遊ぶものじゃないよね、冒険者って。
俺がしどろもどろに返答していると、姫さまがぶったぎって言った。
「夫人に会いたいから連れてきてくれ」
なぜか、屋敷中の人間が凍りついた。
今度は俺が屋敷の人間をいぶかしみながら姫さまの言葉を補足した。
「ジャステ伯爵夫人は、キール辺境伯のご令嬢だったと聞いております。キール辺境伯といえば、一族で魔物の侵出を防いでいるこの国の要の方々。パシアン姫さまがぜひともお話を聞きたいと言っております」
もう、姫の名前を出したよ。じゃないと埒が明かなそうだし、何やら不穏な雰囲気が漂い始めたから。
当主は俺たちをにらみつけ、使用人たちの半分は挙動不審、半分は当主と同じ反応でさらに俺たちを排除しようとする向きもあるのだ。
唯一、坊ちゃんについていた執事だけが観念したような諦観の顔をしていた。
…………どういうことだ?
俺は、屋敷の人間たちに不審感を抱きつつ当主を厳しい顔で見据えた。
「もう一度言います。ジャステ伯爵夫人に――」
「アレは、病気だ。会わせられない」
言い終える前に当主がにべもなく断ってきた。
「じゃあ、見舞いに行く。部屋はどこだ?」
姫さまもすぐさま切り返した。
「面会謝絶の病気です」
「かまわない。部屋はどこだ? 教えてもらえないなら勝手に探す。――行くぞアルジャン」
姫さまが踵を返すと使用人たちがドアの前に立ち塞がった。
俺は当主を見据えたまま、剣に手をかける。
「私は、冒険者にも登録していますが、籍は騎士団にあります。……ジャステ伯爵、使用人のこの動きはパシアン姫に害意あり、ひいては王家に対し謀反の企てありとみなしますが、よろしいですね?」
俺の言葉に使用人たちは動揺する。姫さまをチラリと見たら、すでに魔法銃を手にしていた。――ちょっと待って撃ち殺すのは待って。
「…………お前たち、アレを連れてこい」
観念したのか、渋々と当主が使用人たちに命令した。
使用人たちはさらに動揺した。
「し、しかし……」
「私がお連れいたします」
執事が一礼したが、使用人たちは慌て、
「いえ、私が連れて参ります!」
と、数人が飛び出していった。
……いったい何があるんだ?
姫さまは魔法銃をしまったが、俺は剣を手にかけたまま姫さまの近くまで移動した。
「……姫さま。これはどういうことかわかりますか?」
姫さまはふるふると首を横に振り、わからないことを示した。
「でも、辺境伯の一族がこんなところに嫁にくる自体がおかしい。ここ数年で魔物はどんどん増えている。こんな閑雅な場所でのんびりお茶している場合じゃない」
姫さまが厳しいことを言った。つまり、姫さまは伯爵夫人を辺境伯のもとに戻したいらしいぞ。
だが……それは、離婚ってことになるんだけど。
って俺が考えていたら、聞いていたらしいジャステ伯爵が吐き捨てるように言った。
「一族のつまはじきで無能だからもらってやっただけだ! それなのにあの女は、恩を仇で返すことしかできないろくでなしだったんだ!」
あ、離婚してもいいみたい。じゃあ、姫さまの案を採用ってことで。




