まるで甘いケーキで頬を叩かれているかのように
「ねぇ、リリエール。口を開いて、もう一口味わって欲しいな…このショコラタルトとても美味しいと思わないかい?」
「あ、ふ…ふゃぃ…。あの、ハーバイン様……。」
「ハーバイン。愛称は夫婦でしか呼べないんだ。それまでは敬称を外す約束だよ。」
「ハーバイン…………様…。」
「仕方ないな。早く慣れて。」
「「「……。」」」
「砂糖が吐けそうですわ。」
「ナターリア…お、俺達も……。」
「ファルージャ様、無理しないで下さいっ!」
「じゃあ、せめて俺をファルージャと呼んで?」
「はうっ……。ファ、ファルージャ……様…。」
「……コチラでも…もう胸焼けしてしまいそうです。」
誤解の解けた私は馬車の中で熱烈なハーバイン様のお言葉を受け、二人でお父様に報告致しました。
お父様は大変驚かれておりましたが、元々これ以上の縁は無いと書類の準備は済んでおり後は両家のサインのみ。
ハーバイン様はその場でお父様にサインをもらい書類を持ち帰られました。
そしてその日に成立という異例の速さでの婚約成立になりまして、その翌日である本日、皆に報告したところ…。
皆の訳が分からないという視線を受け終わったかと思いましたらハーバイン様が密着しすがてもう私も訳が分かりません。
「仲睦まじい事は良い事です。ですが、私の身にもなっていただきたいのです。居たたまれませんっ!」
「フランシス、気分を害してごめんなさい。」
「も、申し訳ありません。」
「いえ、この場合悪いのはクランディッド様とバンレル様です。
ここは私室ではありません。お二方がそのような距離感で居られるならば風紀の乱れを理由に緊急時以外の出入りを禁じ、学園内での接触の制限をかけるよう各方面にお話をしましょう。」
「「配慮が足らず申し訳ないっ!」」
「こちらこそ、身分も弁えず申し訳ございません。今後も良きお付き合いが出来れば幸いですわ。」
フランシスのお陰でハーバイン様は適切な距離を保つようにしていただけましたが…少しだけ残念に思ってしまいます。勿論、口には出せませんわ。
本日は学園長へのご報告で来られていますが、殿下はまだ学園にお戻りになりませんからハーバイン様とは学園では暫くお会いできません。
「ハーバイン…様、マルクレール殿下のご様子はいかがですの?」
「リリエールの口から他の男性の名前を出して欲しくはないけれど…そうだね。
寝る時以外はとても厳しい教師が付いているからね。他人に構ってる暇は無いし、殿下が学園に戻るまで側妃様も部屋で謹慎中だから今は安心して良いと思うよ。
そうだ、陛下から元婚約者候補への接近禁止がマルクレール殿下に出されたから。呼び出しに応じなくて良いし、学園内では私が阻止するけれど…もし屋敷に来るなどしても会わないようにして欲しい。」
「心得ましたわ。帰り次第対策致します。」
※
「はぁ…これから戻らなくては行けないかと思うと億劫だよ。リリエールともっと一緒に居たい……。」
帰りの馬車の中でハーバイン様が項垂れています。私を送って下さった後に城で陛下と大切なお話があるそうですの。私も…もっとご一緒したいとお伝えしたらご迷惑になってしまうことはわかっているのですが……。
「ん?どうしたんだい?」
「いえ……あの…。」
「リリエールの言葉はどんな些細な事でも聞きたいんだ。何を思っているのか教えてくれないかい?」
「……その、私も…もっとご一緒出来たらなと。」
「リリエール…そうだね。君との時間以上に大切なものなど無い。公爵に暫くリリエールを預かれないか聞いてみよう!そしてリリエールの護衛としてずっと傍にいられるように話を通して…うん、完璧だ。」
「え?あの、ハーバイン…様、お待ち下さい。私はそこまでその…。」
「大丈夫、全部私に任せてくれっ!」
やる気に満ち溢れたハーバイン様は公爵家に着くや否や直ぐにお母様にお話して了承を得ると直ぐに迎えに来るからと馬車で城に行ってしまいました。
「ふふっ、とても愛されているようで安心したわ。」
「お、お母様っ!」
「マルクレール殿下と側妃様がとてもご立腹のようだから確実に何らかの接触を図ってくるでしょうし、きっとあの人からも許可は出るわ。暫くあちらで過ごしている方が安心よ。
さぁ、身支度をしていまいましょう。」
「お母様…。」
言われる事はごもっともなのですが、何故でしょう……とても恥ずかしいですわ。
(パンパンッ)
「この様な事ではいけませんわ。」
急に押し掛けてしまう事になるのですもの。これ以上失礼の無いようにしっかりしなくてはいけませんわ。
まずは御手土産、ハーバイン様が以前、夫人が薔薇のフィナンシェをお気に召していたとお話されていたはず。それから格好は下手に着替えるより学園の制服のままで。けれども身嗜みの確認は必要ですわ。
緊張など後ですれば良いから今は急いで準備しなくてわ。