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ままならない気持ち

お茶会の三日後の夜、執務室に呼ばれ私達がマルクレール殿下の婚約者候補より外されたとお父様からお話がありました。


「長く苦労させたな…。」


「候補に留まっていられたのはお父様のお力ですわ。成人迄に決めると宣言されておりましたが、周りは早々に私を婚約者として立たせたかったはず、それをお父様が抑えて下さりました。

腑甲斐無い娘で申し訳ございません…。」


「自ら矢面に立ち他の候補達を護り、公爵家名を貶めぬよう立ち回った。そんな娘を誉れに思いはすれど腑甲斐無いなどと思うはずがない。」


「お父様…。」


「陛下より婚約予定があるならば王家として祝福し、無ければ見繕うとお言葉をいただいている。本当はゆっくりさせてやりたいが…。」


お父様が言わんとされている事は分かります。

私はすでに結婚適齢期。ですがマルクレール殿下と側妃様に目をつけられておりますし、何より同年代の方で婚約者がおられない方は少ないのですから良縁を見つける事は難しいでしょう。

陛下のお話をお受けする事が一番良いのです。


「お父様、今暫くお時間をいただけないでしょうか。半年…いえ三ヶ月でかまいません。」


「…分かった。三ヶ月後、相手がいなければ話をお受けする。」


「かしこまりました。」


この間に…心の整理をしなくてはいけないですわね。





「それでは…自由の身に、そしてナターリアの婚約に、乾杯。」



お父様とお話した次の日、昼食を少し豪華にしてお祝いです。シャンパンでは無く紅茶ではありますが、今の私達にとっては何にも変え難い素晴らしいものです。


「ありがとうございます。」


「皆様には本当に感謝し切れません。皆様のお陰で私は彼女と出会い、結ばれる事ができた…本当にありがとうございます。」


「バンレル辺境伯家とスノウェル侯爵家ならば家格も合いますし、陛下の祝福も有るとなれば余計な口を挟む者はいませんわ。ナターリアと頻繁に会えなくなってしまう寂しさはありますが…

お二人の末永い幸せを願っております。」


「リリエール様…。」


「ナターリア、私も貴女の幸せを願っているわ。式には必ず呼んで?」


「もう式の話とは気が早い。しかし、私も二人の式には是非参加したい。」


「もちろんです!必ず皆様に招待状をお送りします。」


幸せそうな二人の姿はとても眩しくて、私もつい夢を見てしまいそうになります。チラリとハーバイン様を見ると優しい微笑みを浮かべて二人を見ていました。


ハーバイン様は私の四つ歳上ですがご結婚もご婚約もされておりません。以前、叶わぬ想いを抱えていらっしゃると打ち明けて下さいました。ご身分から縁を結びたがる方々は多く、お話は絶えないご様子ですが…お受けにならないのはきっと……。


「リリエール様とフランシス様は今後は……。」


「私は陛下のご厚情をお受けしようかと思います。正式に決まりましたら報告しますね。」


「私はまだ決め兼ねておりますの。」


「そうなのですね。」


暫く和やかな時間を過ごした後、解散となり先に皆を見送り一人部屋に残った私は夕陽を眺め少し物思いにふけてしまいました。

殿下の婚約者候補から外れる事が出来て、ナターリアは好いた殿方と結ばれ、フランシスも新たな未来に足を進め始めましたわ。幸せは立ち止まっていては得られぬもの…私も幸せを願うならば二人のように前へ進まなくてはならないのです。


「お慕い…申しております……。」


「それは、誰に向けた言葉かな。」


「?!ハーバイン様っ!お、お帰りになられたのかと思っておりましたわ。」


「そんな事より、リリエール嬢。今の言葉は、誰への?」


「それは…。」


言えるはずもありません。本人に…ハーバイン様にお伝えするつもりも無い言葉ですもの。何としても誤魔化さなくては。


「お恥ずかしいですわ…。誰も居ないと思いつい呟いてしまいましたの。

ふと…以前読みました恋愛小説のワンシーンが浮かびまして、あの時の主人公の気持ちが理解できるのではないかと…。」


「恋愛…小説……。それは、どういうシーンだったんだろうか。」


「確か…主人公の秘めた恋のお相手が窓の外で婚約者の方と仲睦まじく歩いているところを目撃して……。」


「それは……とても心が痛む姿だ。」


「お祝いの後ですのに暗いお話になり申し訳ございません。」


何とか誤魔化す事ができて安心しましたわ。

ハーバイン様と同じ時を過ごせる事はうれしく思いますが、今だけは早く立ち去りたい気持ちになります。


「私にはその主人公の気持ちがとても良く理解できるよ。でも、私の相手は仲睦まじくは無かったけれどね。」


「それは…。」


「縁談は受けないのかい?」


「…。」


ハーバイン様からそれを聞かれてしまうなんて……。


「リ、リリエール嬢?!すまない…泣かせるつもりはなかったんだ。」


「あっ……も、申し訳ございません。少々混乱しておりまして…お見苦しいところをお見せ致しました。」


「リリエール嬢…。」


私にはその場を走り去る事が精一杯。ハーバイン様のお顔を見ないように、周りにこの顔を見られないように俯いて足早に馬車に向かい乗り込むと漸く落ち着けました。


そして、それからひと月ハーバイン様とお会いする事はありませんでした。

マルクレール殿下が城で再教育を受ける事になりひと月学園を休まれた為、ハーバイン様が学園に来る理由が無く、私も用事もなく城へは行きませんでした。


正直、どのような顔をすれば良いか分からなかったので安堵してしまいました。



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