手網の無い横暴姫
本日はランディス殿下は公務の為学園には来ておりません。久しぶりにフランシス、ナターリア、私での行動になります。
「リリエール様、せっかくですからお昼は温室で食べませんか?先日、数年に一度しか咲かないバラが咲いてとても美しいんです。」
「ナターリアよく存知てるのね。」
「仲が宜しくて羨ましいわ。」
「か、からかわないで下さいっ!」
朝の待ち合わせの場所、Sクラスの教室からAクラスの授業を聞く為に教室を出ようとすると、バタバタと足音が近づいてきました。
「ハルソン公爵令嬢、サウマ侯爵令嬢、ナターリアも、今すぐ避難所に行きましょう。」
息を荒くしてそうおっしゃったバンレル様の様子から緊急事態が起こった事が察せられます。
「ファルージャ様?そんなに慌てて何かあったんですか?」
「シリルマリン殿下がサウマ侯爵令嬢を探しています。しかも、護衛騎士とお目付け役を連れずに一人で。」
「どういう事でしょうか。メメナリス様がいらっしゃらない状況も理解できませんが騎士様が離れるなんてありえませんわ。」
ハーバイン様から騎士様はシリルマリン殿下の御屋敷以外では必ず同行すると聞いています。先日メメナリス様とお話した時にもシリルマリン殿下がお一人で動く事は無いと言われていましたのに…どういう事でしょう。
「何故お一人なのかは不明です。ですが、はっきりしている事は難癖をつけられ通りがかりに女生徒が複数人暴力を振るわれ、それを止めようとすると外交問題だと騒ぎ手がつけるれないという状況。そして、ランディス殿下に想いをよせている男爵令嬢と婚約者、ランディス殿下を探し回っているという事です
。
今は警備と教師陣が連携して足止めと皆様に不用意に出歩かないよう注意してまわっている状況です。今のうちに身を隠さなければ危険です。」
「バンレル様、シリルマリン殿下は今どちらに?」
「フランシス、いけません。」
「リリエール様、このままでは被害は拡大します。騎士もお目付け役もランディス殿下もいらっしゃらない今、逃げてなどいられません。」
確かにフランシスの言う事も一理あります。私にはアレがある。この場に置いて最上のカードを持つのに逃げられる訳がありませんわね。
「…では、私も行きます。バンレル様、案内を。」
「しかし…。」
「策はあります。バンレル様、少し遠回りしましょう。」
※
「そこを退きなさい。」
「できかねます。」
「教師風情がっ!私の前をさえぎるなんて不敬罪に処するわ!!」
「ここは学園、そして貴方様は生徒の一人。であらば私達教師の言う事を聞く立場にあります。貴方様は罰する立場にございません。」
「うるさいわっ!」
現場に着くとシリルマリン殿下を囲むように教師と警備の方達が配置しておりました。大きな声で罵るシリルマリン殿下は興奮状態でいつ手が出てもおかしくないように見受けられます。
少し離れた場所では頬を晴らした女生徒が三名に女性の校医が寄り添っています。早く解決しなければなりませんね…。
「これは何の騒ぎでしょうか。お声が遠くまで響いておりますわ。」
「貴女…確か前にも邪魔してくれたわね。」
「本日はメメナリス様はご一緒ではないのですか?」
「メメナリス…?ああ、外交官の息子なら屋敷で大人しくしているわ。ちょうど良かった、貴女も気に入らなかったのよ。身の程を弁えず私にその様な口を開く、頭を下げもしないなんて以ての外よね。」
シリルマリン殿下は私にツカツカと早足で近づき右手を振り上げます。避けられなくも無いですが、ここはお受けしておいた方が都合が良さそうです。
(パシンッ!)
軽い音が響きましたが、叩かれたのは私の頬では無く私を庇ったバンレル様の頬でした。
「邪魔よ。退きなさい。」
「できません。」
「なんですって!」
もう一度手を振り上げるシリルマリン殿下の腕をバンレル様は躊躇無く掴みそのまま両腕を後ろにまわし拘束します。とても鮮やかな動きで抵抗を許しません。
「何するのよっ!離しなさいっ!私は王女よ?!外交問題よっ!!」
「そうですわね。これは立派な外交問題ですわ。貴女様は他国の留学生、この国でのこのような暴挙は許される事ではありません。何故あの方々に暴力を?」
「何を言っているの?あれは躾よ。私の前を笑いながら横切って私を無視したのだもの、当然の報いだわ。貴女はあの程度じゃ済まないから安心しなさい。」
鋭い眼差し…久しぶりにこのような視線をいただきました。マルクレール様依頼ですわね。本当はメメナリス様がいらっしゃったほうが宜しいのですが…今がベストですわね。
「やっと見つけたああああ!こぉんの横暴姫がああっ!!!」
私が例のものを出そうとしたところ、遠くからメメナリス様が怨霊のような形相で走って来られました。素晴らしいタイミングですわね。
「ハァ…ハァ…やってくれましたね。」
「丁度いいところに来たわね。ここに居る者全員処罰するわ。先ずは私の腕を解放させなさい。」
「何をやらかしたか分かりませんが誰が悪いのかは分かりました。皆様、ご迷惑をおかけ致しまして大変申し訳ございません。」
深々と頭を下げたメメナリス様は顔を上げると周りを見渡しました。そして元々青いお顔を更に真っ青にして険しい顔をされています。
「ハルソン公爵令嬢、状況をご説明頂きたいのですが怪我人がおられるようですので…。」
「そうですわね。先ずはこの場を治めましょう。怪我をされている方は校医と共に医務室で診察を受けて下さい。シリルマリン殿下は両手拘束の上で応接室へ、バンレル様お願い致します。警備の方をもう二方とナターリアを共に。ナターリア、任せましたわ。」
「はいっ!お任せ下さい。」
「シリルマリン殿下、大人しく従って下さいませ。権限はこの通りです。」
「な…何これ?冗談じゃないわ。」
「騒がれるのでしたらお口も塞がせていただきますわ。」
不本意そうにしながらもお口を閉じていただけたので拘束は両手のみとしました。
「フランシス、私は全貌を把握されている方二名を連れメメナリス様と学園長室へ向かいます。後の事は頼みました。」
「かしこまりました。」
まだ午前、なんて長い日でしょう。
留学して来られてまだ半月も経っていないなんて…一年とはなんと長いのでしょう。




