王女様のお目付け役
「ふぅ…初日から疲れた。」
モルトン国外交官、メメナリス子爵の嫡男バルドラは用意された部屋で椅子に座り一息ついた。
モルトン国第五王女のシリルマリンの留学先でのお目付け役としてバルドラが選ばれたのは一週間前。
この時ばかりは外交官を勤める父親を呪った。
国内では知らぬ者はいない横暴姫の手綱など握れるわけが無い。振り回されて尻拭いに奔走しストレスマックスな日々が目に浮かぶ。
「父上、我が家は生け贄にされたのですか?」
「落ち着きなさい。あの方をそのまま野放しにする訳ないだろう。それに、今回は被害を最小限にすれば良い。」
父親の説明を聞き何とか納得したバルドラは早々に旅の準備をして横暴姫と顔合わせしたが第一声に早速イラッとした。
「こんな冴えない眼鏡が私の付き人なんて、私のセンスを疑われるわ。チェンジして。」
「王女殿下、これは既に覆らぬ事。どうか(私も我慢してるんだから)我慢して下さい。」
「……ありえない。」
「……(ホントにな)。」
言葉に出来ぬ思いと共に横暴姫と出発し本日やっとリンデ王国に付き早速パーティーでやらかしてくれた。
取り敢えず今回人的被害は無い。横暴姫の部屋の物は最小限にしてもらい物も人も自国から持ってきたので部屋自体を破壊されない限り被害は無いと言っても良い。
「明日城から出る時、また荒れるだろうな…。」
横暴姫に事前説明などしても覚えないし気に入らない事が事前に分かればまた騒ぎ出すので明日から買い取った屋敷に住む事は伝えていない。
朝起きて散歩と称して連れ出す予定だ。
「取り敢えず、父上に着いた報告と初日の様子を伝えておかくちゃ…あとお腹の薬。」
バルドラの憂鬱な留学はまだ始まったばかりだが暗雲しか立ち込めていなかった。
※
「へぇ…この屋敷、貴方の家がが買い取ったの。」
「はい。王女殿下に是非ご覧に入れたくて。」
「少しみすぼらしいから改装した方がいいわよ。まぁ、地味な貴方にはお似合いかもしれないけれど。」
「そうですか。でもその様な時間はありませんから。今日から王女殿下と住む事になりますし。」
「…………は?」
見事に横暴姫の連れ出しに成功したバルドラは爽やかな笑顔を横暴姫に向けた。
馬車は既に返した。もうすぐ横暴姫の荷物を持って侍女達が来る。城での挨拶も秘密裏に済んでいるので戻る必要は無い。今日の任務は達成しているのだ。
「あ、私の部屋は王女殿下の部屋から一番遠い場所にありますし、王女殿下のお部屋は(外側から)施錠できますのでご安心下さい。」
「何で私がこんなボロ屋に貴方と住まなくてはならないのよっ!私は王女よ?!」
「王女殿下は王位継承権も無く、他国へ嫁ぐ可能性が大変引くございます。それ故に陛下はその身の行く末を案じ、この留学で一般的な貴族の暮らしと言うものを体験して欲しいとお考えです。
この屋敷は王女殿下にはボロ屋にしか見えないかもしれませんが、中級貴族の平均的なものになります。」
いくら説明しようが納得する事が無い事は分かっているのでバルドラは聞くのが面倒なくらいの早口で淡々と説明した。
案の定、横暴姫はもういいと屋敷の中に入って行った。
「(分かってないけど)お分かりいただけてありがとう存じます。」
恭しく頭を下げた後、バルドラも屋敷に入り自分の部屋の防音具合を確認した。自分の部屋で騒いでいる横暴姫の声は少しは聞こえるが安眠が妨害される程ではない。
「良かった…外観よりも防音強化の方が間違いなく必要だろ。」
買い取って最初にした事は各部屋の防音レベルを上げることだった。それがストレス軽減の第一歩となるのだから手は抜けない。
自分の部屋の防音性能を確認すると、使用人達に各部屋の状況を確認。どの部屋も多少は聞こえても問題ないレベルだった事にバルドラは安心した。
「いいか、王女殿下は学園とこの屋敷の往復以外を許されてはいない。つまりは我々の逃げ場は部屋のみだ。一年、一年で留学は終わる。頑張って乗り切っていこう。」
使用人達と円陣を組み、まるで戦の前のように気合いを入れたバルドラは解散すると横暴姫の部屋に向かった。
(コンコンコン)
「王女殿下、どうされましたか?」
「どうしたもこうしたも無いわっ!貴方よくも私にこんな部屋をあてがったわねっ!!」
やれ壁紙のセンスが無い、やれ家具が古臭いと怒鳴り散らす横暴姫に申し訳ございませんと返しながらも何も変更するつもりは無いバルドラは頭の中では心落ち着くハープの音楽を思い浮かべて横暴姫の気が済むのを待つ。
バルドラがお目付け役に選ばれた理由のひとつにこの性格がある事は間違いないだろうと使用人達は心の中で思った。
「王女殿下、私も大変心苦しいのですが、陛下から頂いた王女殿下の留学の予算は中級貴族の平均的収入程度で…。」
また淡々と早口で説明を始めたバルドラに嫌気がさした横暴姫は早々にバルドラを追い出しベッドに八つ当たりした。
「夕食まできちん施錠しておいて下さい。」
「かしこまりました。」




