16話
「でも、それを使おうと思ったユリさんが凄い訳だし、みんなが苦労するところが免除されてると考えたらラッキーですよ」
ユリは少しだけ残っていたスポーツドリンクを飲み干した。真面目な話しをしている中、口元ばかりを見ていた。ペットボトルに触れた口紅が要らぬ妄想を掻き立てる。
「そんな風に考えた事なかった。ラッキーな事?」
「そりゃそうでしょう。才能があっても、努力しても、どうしようもない事はありますから」
「桐敷さん、苦労されてますね」
娑婆の苦労は大してしていない。ホスト時代もそんなに長くないし、苦労しなければいけない時期には刑務所にいた。これからの人生の方が圧倒的に長いが、途轍もなく重いアドバンテージ付きである。拓哉は考える。このまま彼女と良い中になれば、おそらく今の仕事は辞めないといけない。図々しく居座るほどのメンタルは持ち合わせていない。身元引き受け人である敏生の事も二重、三重に裏切ってしまう事になる。仮にユリとこのまま深い中になっても、二人共良い歳だし、結婚の二文字も散らつくだろう。そうなった時、ユリの家族が犯罪の前科がある人間を受け入れるはずがない。
“引き返すなら今しかない”
拓哉はこれ以上進めない事を悟った。悲しいぐらいに──。
「みんな色々ありますよね。私の悩みなんか小さいですよね」
前科者の拓哉に比べれば、何千倍も恵まれているのは確かである。容姿端麗で、おまけに家は金持ちときている。完全なる勝ち組である事は間違いない。
「いずれにしても、ユリさんは勝ち組だし、滅多な事では道から外れる事はないですよ」
「そうかな……。時々全て捨てて楽になりたいと思うの」
「それはよく分かる。自分の事を知らない遠い世界に行きたいとかしょっちゅう思いますよ」
「桐敷さんも? お金もいらないし、何もいらない。ただ、ゆっくり寝たいの」
ユリは、突然スマホのバッテリーがなくなったかのように寝落ちした。
「ユリさん、こんなところで寝たら風邪引きますよ」
「……」
拓哉は無防備すぎるユリを抱き抱えてシングルベッドに向かう。酔った女を抱くほど落ちぶれていないと言い聞かせながら──。




