9話
初めて歩くこの街の風景はありふれたもので、ゆっくりと染み込んでいくような優しい空気に包まれていた。十数年ぶりの娑婆は、思ったよりも進化していなかった。ミートショップのコロッケは70円、コンビニだって刑務所に入る前からあった。外壁がボロボロになっている交番、何年も前から店じまいセールをやっていそうな洋服店、商店街のアーケードの感じは見るからに昭和レトロそのものである。
「瑠璃ちゃん、どうしたの?」
「……」
引かれる内容の身の上話しを待っていたが、話してくれそうにない空気だ。おそらく、突然襲いかかってくる闇を振り払っているのだろうと推測した。拓哉自身も何度も経験していた。振り払おうとすればするほど深い闇に包まれてしまう厄介なものだ。
「……分かるよ」
「……うん」
「苦しいよね。何で自分だけとか思っちゃうんだよ」
「拓哉さんも?」
「しょっちゅうだよ。その後、どっと疲れんだよな」
「私なんて必要ないと思うんだ」
必要のない人間なんていない──月並みな返しだろうが、全く響かない事を拓哉は知っていた。気を使われると、余計に迷惑をかけてしまっていると考えてしまう事も分かっていた。
「瑠璃ちゃんは必要だよ。だって、まだコインランドリーしか教えてもらってないから」
「ほっほんとだ!」
瑠璃は屈託のない笑顔を見せた。拓哉の何気ない一言に救われたような気がして少し心が軽くなった気がしていた。
「拓哉さん、たこ焼き食べませんか? 私の奢りです」
「いやいや、そんなはるか年下の君に奢ってもらえないよ」
「いいからいいから。私、とっても気分が良いの」
瑠璃は拓哉の腕を掴んで、強引に商店街の脇に入った。