6話
「すいません。少し遅れました」
「いや、ジャスト8時です」
直前までスマホを見つめていた。敏生のメッセージを開いたまま呆然としていた。
「10分前行動が信条でして。でも、美味しいお豆腐が手に入りました」
ユリは蟹が入っているだろう発泡スチロールの箱と、豆腐やお菓子が入っているビニール袋を見せてきた。
「……ありがとうございます。寒かったでしょ? 中へお入りください」
「はい。風が結構強くて」
ユリは黒いロングコートを脱ぎながら部屋に入る。猫の額ほどの玄関先に銀色のピンヒールが行儀良く置かれている。
「もう準備されてたんですね。ビールもあるっ!」
「お車ですか?」
「いえ、タクシーで来ました」
拓哉の胸がドクンと響く。タクシーで来た事もそうだが、白いタートルネックのセーターと、ギンガムチェックのミニスカートに目を奪われた。普通、いや、交際もしていない男の部屋に来る服装ではない。考え過ぎかもしれないが、ただ鍋をつつく為に来た訳ではないと感じた。
「飲みたいなと思って車はやめたんです。桐敷さん、ビールありがとうございます」
「いや、鍋と言えばと思いまして。ビール買っておいてよかったです」
一つ不自然に思う。飲む事を前提として来た割に酒類は買ってきていない。豆腐はメッセージでも言っていたが、お菓子等のラインナップを見ると明らかに酒のあてになりうるものばかりだ。たとえば、ポテチであるとか、コンビニで売られている乾き物であるだとか、ミックスナッツまである。酒を飲まずにはいられないものばかりだが、肝心の酒は買ってはこない。先程のメッセージで、『ビールありますんで』なんて事は一言も言っていない。
「まな板借りていいですか? お豆腐切りたいんですけど」
「あっ、やりますから座っててください」
「何かやる事ないかな」
「お客さんだし、蟹とかまで持ってきてくれてるんですから、踏ん反りかえっててください」
「桐敷さん、面白い。じゃあ、コンロに火を付けておきます」
拓哉は100均で買った下敷きのようなまな板の上に木綿豆腐を乗せて切る。滅多に使わない黄緑色のまな板と、安物のペティナイフで食べやすい大きさに切った。




