4話
「桐敷さん、ちょっと変わってくれとのことです」
拓哉はある種の焦燥感に見舞われる。シュチュエーション的にも経験がないから、どう対応していいか分からない。田渕は、自分の携帯を早く受け取れと言わんばかりに突き出している。
「すいません、お電話変わりました」
「お疲れ様です。何か事件に巻き込まれたのですか?」
「……」
拓哉は何をどう取り繕えばいいのか分からず、状況を出来るだけ簡潔に伝えた。
「その時間なら一緒にいましたよね。大丈夫です。5分も掛かりませんからお待ちください」
「……。すいません」
「お気になさらず。この間の会社の近くですよね?」
「直ぐです。会社のほぼほぼ向かいです。200メートルほど歩いた米田荘という所です。看板が出ています。暗いから見にくいかもですが」
「分かりました。行きますね」
拓哉は田渕にスマホを返す。田渕は直ぐにポケットにスマホを入れた。
「来ていただけるんですね」
「はい。近くにいたんでしょうか。分かりませんが」
「失礼ですが、ご関係は本当に最近知り合ったばかりですか?」
田渕の質問は刑事としては当然である。知り合ったばかりと言いながら、近所を彷徨いている。偶然だろうが、田渕はそうは思わないだろう。拓哉はその事よりも、この米田荘を知られる事が屈辱的であった。刑務所に入る前は、お金持ちの女性を虜にしていた拓哉だったが、今はしがないトラックドライバー、何千円の給料アップで幸せを感じている小さな男だ。彼女は幼少期と、ホスト時代の眩い思い出も蘇らせる。あの大きな瞳で見つめられると、どうしても羽振りの良かった時代、つまり、あの事件前の自分が頭を擡げる。今後、彼女と関わると一円にもならないプライドが判断を鈍らせてしまう恐れがある。その時、心の中に住む瑠璃の容量が一ミリも減らないように努力できるかどうか自信がなかった。
田渕のスマホが鳴る──初期設定のまま何も変えていない無機質な着信音だが、二階堂ユリだと分かった。
「着きましたか。階段上がって直ぐの部屋です」
階段を上がる音が部屋の中まで響く。ところどころ錆びている階段を上がってきている。彼女にどんな顔をすれば良いのか全く分からないまま、ドアはノックされた。




