5話
一時間ほど見知らぬ国道を走ると、敏生の経営する会社に着いた。2階建てのプレハブ小屋で、敷地内に宅配のバイクと、軽トラが2台停まっていた。会社のロゴ入りのそれらは角田のこだわりがふんだんに盛り込まれていた。
「とりあえずここだ。小さい運送会社だけど、結構忙しいから覚悟しろよ」
「ありがとうございます。オーナーがいなかったらと思うとぞっとしますよ」
「そう思うなら、会社の為に身を粉にして働けよ」
将棋の駒のようなデザインで、“角”と書かれたロゴは、敏生のトレードカラー、クリムゾンレッドである。拓哉はどう足掻いてみても褒め言葉が見つからなかった。
「いいだろ? このロゴ、デザイナーに発注かけたら8万だったよ」
「……そっそうなんですね。それはお買い得なんですか?」
「お買い得とかそういう金銭の問題じゃないんだよ。パッションっていうのかな。フィーリングってやつだな」
また歌舞伎町時代を思い出していた。お落ち込んだ時、いつも飯を奢ってくれて、変な慰めの言葉より身体を張ったり自虐ネタで笑わせてくれた敏生の優しさを──。
「今、昔の事を思い出してました」
「痩せていた頃の俺か?」
「いや、何故かあの真っ赤なスーツに今の体型のオーナーという」
「地獄だろうが。そんな絵は」
拓哉は腹を抱えて笑った。ずっと笑っていられたら、ひょっとしたらあの事件もなかった事になるんじゃないかと密かに期待した。あり得ない事だと分かっていても、いつか全てを笑い飛ばせる日が来ることを──。
「おっ、出てきたな。恥ずかしがってないで降りてきて挨拶しなさい」
プレハブ小屋の2階から角田の娘が降りてきた。上下紺色のジャージ姿で、ピンク色のラインが目を引いた。肩まで伸びた金髪が逆に幼く見えた。顔は角田の遺伝子のかけらも見当たらないぐらい似ていない。
「挨拶しなさい」
「……瑠璃です」
瑠璃は恥ずかしそうに頭を下げた。拓哉はあいりの事を思い出した。あいりとは髪の色以外は全く似ていないが、これぐらいの歳の女の子に対して、あの頃は本気で金ずるにしようとしていた事がある意味恐ろしく感じた。全ては因果応報、報いであると檻の中に入っている時に読んだ本に書いてあった。どういう意味かはざっくりとしか分からなかったが、彼女の姿を見てその言葉が色濃く浮かんだ。
「初めまして。桐敷拓哉と言います。よろしくね」
「……はい」
瑠璃は真っ赤になった顔を悟られないように隠しながら、二階へ上がっていった。
「やばいな。あんな瑠璃を見るのは初めてだぞ」
「そうなんすか」
「お前、娘に手を出したら、今度は俺が刑務所に入るぞ」
「いや、どういう脅しっすか。ていうか、有り得ないすよ」