7話
店員は新しいおしぼりを用意してくれていた。拓哉はそれで顔を洗うかのように拭く。ずっと持っていられないほど冷たいおしぼりだ──。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ちょっと頭を冷やさないとと思って」
「ヒエナイ。ルリチャンニアヤマル」
何があったか分かっているかのような言い方だが、グアンが知るはずもない。確かにあの日以来、距離を感じているが、瑠璃の対応はその事が原因とは言い切れないと感じていた。瑠璃には瑠璃の人生があり、他に好きな人が事この期間に出来たのかもしれないし、単純に心変わりをしたのかもしれない。そもそも、拓哉に対しての感情は単なる同情なのかもしれない。恋の病の正体は案外この“かもしれない”のコンボかもしれない。
「ごめん。楽になったよ」
「よかったです。お酒はちょっと控えた方がいいですよ」
「ありがとう」
拓哉はグラスの水を飲み干す。もう一度瑠璃に電話をしたい──出来れば時間を巻き戻したいと。刑務所の中でも散々明け暮れたその妄想が娑婆に出てきても繰り返されるとは思わなかった。心に誓った『2度と後悔しない生き方』はいとも容易く崩壊した。あのスナックでの出来事を全てやり直したい。『好きな人がいるからすみません』と言えばよかったのだ。
過去を知る者──敏生と瑠璃、そしてセフレ。全てを知っているから瑠璃に惹かれているだけだという論理も軽く破綻した。セフレの彼女も全て知っているが、心を許した訳じゃないし、多少境遇が似ているとはいえ、瑠璃に対する想いとはかけ離れている。『じゃあ、何故その人と寝るのよ?』と瑠璃に問われると返す言葉もないが、それは男の性だと理解してもらうほしかない。勝手な言い分ではあるが──。
「ブツブツ……」
「ごめん。独り言が漏れてたね」
「タクヤ、ナニスキ? ツリ好き?」
「ん? 釣りって、魚釣りの事?」
「イエス」
「グアン、釣りとかすんの?」
「スル。タイツッタ」
「鯛? 鯛なんて釣れないって。あんな高級な魚」
グアンはムキになって語りだす──身振り手振りもかなりオーバーアクションだ。話しによると、黒鯛釣りが好きなようだ。近くの河口で釣れるらしい。スズキや太刀魚もよく釣れるそうだ。




