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4話

 

 母親は拓哉が12歳の時、タバコを買いに行ってくると言い残してそのまま帰ってこなかった。ボロボロの文化住宅に一人取り残された拓哉は、その後施設で4年間過ごし、16歳の時に新宿にある町中華に住み込みで働き出して、偶然食べにきたこの角田敏生にスカウトされる事になった。



「初めて会った時の事を今でも思いだすよ」



 敏生は伝票で埋まったダッシュボードからひしゃげたタバコを取り、あの頃使っていた金の高級ジッポで火をつけた。



「とんでもないイケメンホストになるって確信したな」


「……」


「とにかく目が野心に溢れていたよ。ダダ漏れだったよ」



 拓哉は久々に笑った。この敏生は独特の表現でいつも笑わせてくれた。暗闇を彷徨っていたあの頃からずっと同じである事に拓哉は数ミリだけもやが晴れたような気がした。



「確か、『韓国でデビューしろよ』でしたかね。こんなしょっぱい所で働いてるよりって」


「よく覚えてんな。大将にしょっぱい店で悪かったなって怒鳴られた」



 敏生はタバコをすすめてきたが断った。タバコの煙が鼻に入る感触や、酒の入った息の匂いを嗅いだら、ホスト時代を思い出して折角晴れたもやがまた戻って来そうで怖かったからだ。



「……」


「どうした?」


「いや、また思い出しそうになって」


「面会の時も色々と話しはしたが、お前の中で一番何が引っかかってんだ?」


「一番ではないですが、今気になっているのは、事情聴取の時、刑事が頭を抱えていて向こうも何か腑に落ちない様子だった事ですかね」


「圧力だろうな。いくら大企業でも普通会長の名前とか知らないもんだろ?」


「……はい」


「プロ野球の球団も持ってるレベルの大企業だし、メディアにもよく出てたし。俺でも知ってるぐらい凄い有名人だけど、名前まではな」



 あの頭を抱えた刑事のなんとも言えない表情から、とんでもない事に巻き込まれてしまったんだと容易に汲み取れた。あいりは家庭の話しはほとんどしなかったし、そんな事はどうでもいいと思っていた。仮に全てを知っていたとしも、色恋営業の手綱は緩めなかったし、ガチガチに固めていたはずだ。今思えば、幾つかサインは出されていたが、あの頃は店のトップになる事しか頭になかったし、実際あともう少しという所まで上り詰めていた。


 拓哉の頭の中で“因果応報”という言葉が浮かんだ。刑務所に入るまで本など読んだ事がなかったが、色んなジャンルの本を読む事で、今まで考えもしなかった事や、知らずに生きてきた言葉、何より一番欠けていたであろう思いやりの精神を学んだ。



「もっとあいりの話しを聞くべきでした」


「……。いいんだよ。お前はあの子の恋人でも親でもなかったんだから」


「……でも」


「これからだよ。お前が本を読んで学んだ気になっている事を実践するのは」


「遅くないですか?」


「一生気づかないで死ぬ奴が大半さ」











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