夏の終わりに
あの日から瑠璃とは深い溝が出来た。蒸し暑い夜の中、2時間以上も待たせた挙句、クーラーの聞いたスナックの中で名前も知らない女とセックスをしていた。帰り間際、その事を話してもいないのに、何かを感じとった様子だった。それ以降はギクシャクした関係が続いている。どのみち、彼女とはどうなる事も出来ない訳で、これで良かったんだと心に言い聞かせていた。仕事も事務的な事だけで最低限の会話しかない。望んでいた事だが胸に大きな穴が開き、空っ風が吹き抜けていた。
「オツカレサマデス」
「グアン、お疲れ様。今日も暑かったね。9月になるというのに」
「アツイアツイ」
「グアンの国とどっちが暑い?」
「コッチ」
グアンは日本語がとても上手だ。時折変な感じの日本語が入るが、十分すぎるほどコミュニュケーションがとれる。業務内容が違うから、こうして更衣室で会う率も少なく、たまに会える事を密かに楽しみにしていた。
「ニホンビールサイコウネ」
「グアン、ビール好きだよね。この間飲みに行った時もすごい飲んでた」
「アツイトキウマイ」
「グアン、今から飲みに行かない?」
「イキタイ。キュウリョウマエ」
「奢るよ。三杯までならね」
「ホント? イクデスマス」
瑠璃との事もあってか一人でいたくなかった。ベースボールキャップの女とはセフレ状態になっているが、いくら彼女を抱いても寂しさは埋まらない。何度か関係を重ねて彼女の方から『名前とか聞かないの?』と言われたぐらい身体以外に関心がなかった。そう聞かれた時、ホスト時代の様々な思い出が蘇る。仕事としてではないが、やっている事はあの頃と何も変わっていない事に気づく。会うのは渋谷のラブホテル、一時間で退室してカレーショップで食事、全て彼女の奢りだ。彼女の名前は“上田ヒカリ”である。ネットバンクの名義を見せてもらったが、彼女の名前などどうでも良かった。会うまでに溜まったストレスや苛立ちを、発散する為だけの関係に今は身を任せていた。
簡易的なシャワールームが一つ設けられていて、グアンが先に汗を流している。拓哉はロッカーの裏側に貼り付けてある小さな正方形の鏡を見る。目尻のシワが少し気になるが、それも順調に老いている証だと割り切っていた。




