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8話

 

「犯罪になるから。執行猶予期間だし、社長を裏切る事になるから」


「あなたも大変ね。普通の男ならそんな理性とか最初からないに等しいわよ」



 刑務所に入ったものにしか分からないあの苦しみ──戻るぐらいならどんな事も我慢出来るほど圧倒的な世界だ。瑠璃とそういう関係になる事が刑務所に逆戻りになるとは思えないが、それだけは越えてはいけない境界線である事は理解している。



「だから、私がいるじゃない? お互い未来のないもの同士、慰め合えばいいのよ」


 目を細めて挑発してくる彼女の本心は分からない。考えてみれば、あの事件の夜から女を抱いていない。抱き方ももう忘れてしまうぐらい遠い過去の記憶だ。



「私達は表を歩いちゃいけないの。ずっと裏通りの端っこで細々と生きていくのよ。だから、たまには快楽に溺れたっていいじゃない?」



 この先、表舞台に返り咲く事は万に一つもない。ホスト時代のようなキラキラしたあの日々も味わう事はないだろう。仕事も今の配達の仕事を一生かけてやるだろうし、恋愛にしたっていつもビクビクしながら、時には嘘に嘘を重ねて取り繕う事になるだろう。だが、彼女は違う。すでに知られたくない核の部分を分かっていながら誘ってきている。犯罪者の遺伝子を残す心配もない。生まれてくる子供に不当な未来を背負わす必要もない。だとすれば、彼女の申し出は願ったり叶ったりである。容姿も飛び抜けた美人とまでは言わないが、所謂一軍に属するであろう女だ。



「気持ちいいわよ。久々ならとくに」



 本名すら知らない訳ありの女──拓哉は想像力を高める。右手のひらに絡みつくように握る彼女の手を見つめながら。瑠璃はとても素敵な女性だし、全てを知っても愛してくれているように感じる。だが、この先彼女とそういった関係になる事はない。理性の壁を越えられないというより、自ら壁の向こうにも壁を作って、決してたどり着けないように心がけている。本心は彼女を抱きたいし、今こうしている瞬間も彼女の事が頭の中にある。これを“恋”だというなら“恋”なんだと受けいれるが、彼女には幸せになる権利がある。表舞台に立つことのないものとは関わってはいけないのだ。



 拓哉は彼女の手を握り返してキスをした。



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