5話
店内に立ち込めるインスタントラーメンの香りが、あの頃の記憶のかけらを呼び戻す。ろくな思い出ではないから、直ぐに蓋をする癖が身に付いていたが、今日はどうやら勝手が違うようだ。おそらく、このラーメンがそうさせているのは間違いない。
「出来たわ。私の好みで、麺柔らかめの、卵硬めよ」
「ありがとう。好みのものだよ」
黒いラーメン鉢に白濁したスープと麺、硬めに混ぜられた卵が食欲をそそる。付属のすりごまがまた良い味を出す。
「美味いです。いや、ほんと美味い」
「インスタントよ。普段何食べてるのよ」
ほとんどがタイムセールを狙ってスーパーで買う。日によってもちろん違うが、コロッケであったり、お好み焼きであったり、その日の気分で決めていた。栄養のバランスなどは考えた事もない。
「お酒は?」
「飲まないですね。一生飲まないと決めてます」
「何で?」
「理由は、理性を失ってしまう可能性が強いからです」
「窮屈じゃない?」
「そりゃ、執行猶予期間ですし」
「そうなんだ。殺してないなら、反省もくそもないしね」
お酒で2度と失敗はしたくないと思っていた。毎日浴びるほど飲んでいた日々、好き好んで飲んでいたわけではない。全ては歌舞伎町でNo.1のホストになる為だった。何故そうなりたかったのか、刑務所の中でずっと考えていた。何度もこういう理由でそうなりたかったんだと言い聞かせたが、ピタリと収まる答えには辿りつけなかった。誰からも必要とされていないと感じ続けた幼少期、それを払拭したかっただけだと。誰からも必要とされる為にNo.1になりたかったのだと──。
「あなたの恋人にはなれませんよ。何故なら前科者だから」
彼女は少し馬鹿にしたような目で笑っていた。
「そんなんじゃないわよ。桐敷拓哉という男を救いたいのよ」
「救いたい? 宗教の勧誘ならお断りですよ。神や仏なんて全く信じてないんで」
「私もよ。私も誰かと愛し合う事は出来ても、誰かと歩んで行く事は出来ない女なのよ」
意味深な言葉に唾を飲んだ。タバコに火をつける彼女の顔は全てを諦めているような表情だった。




