3話
母親について聞かれたが返答に困る。あまり覚えていない、正確には思い出す事を心と身体が細胞レベルで拒否しているような感覚であった。
「たまに作ってくれたインスタントラーメンの味しか覚えていないですが」
「私も! 丁度桐敷さんが座っている場所で食べていたわ。どんなの?」
「どんなの? 毎回おんなじ味でした。塩味の」
「うっ嘘っ! 私もいつも塩ラーメンだったわ。卵が入っているの。ちゃんと混ぜてくれてなくて、適当だったけど」
卵は硬めが好きだった。彼女が言ったように、卵を落としてくれるまではありがたいのだが、かき混ぜて絶妙の溶き卵にすることが面倒くさいのか、いつも歪な塊と化していて、半生であった。
「全くおんなじです。邪魔くさいなら産まなきゃいいのに」
「ほんとそれよね。おかげで、いつも自分なんて生きていて良いのか悩む日々だったわ」
子供ながらに”存在意義“について考えていた。そんな哲学的で小難しいものではなく、単純に必要ではないのではという疑念と虚無感。そして心のバランスを保つ術も知らず、未だにそれについて考えさせられる事が稀にある。
「目が覚めて、『今日も生きている、何か意味ある?』 とか思う時が昔は頻繁にあったよ」
「分かるわ。ほんとそれよね。あっ、そうそう、桐敷さん、その塩ラーメンあるけど食べる?」
女は古びた木の棚から懐かしいパッケージのそれを見せた。断片的だが、あの頃の記憶が蘇った。拒否できないほどのスピードでフラッシュバックした。
「どうしたの?」
偏頭痛のような不快な痛みが襲う。母親は洗濯が嫌いだった。拓哉が彼女の下着も全て洗濯していた。洗濯機にそれらを放り込む時、とても嫌な匂いがした。清掃が行き届いていない公園のトイレのような匂いだ。それを嗅ぐたびに、自分は必要のない人間である事をより強く感じた。とくに男を連れ込んだ次の日の下着の匂いは本当に死にたくなるほどの匂いだった。
「言えないような事だよ」
「……。分かるわ。あなたに何で興味を持ったのか今理解出来たわ」
「それを聞きたかったんだ。どうして?」
「初めての人に似ていたのよ。私のお兄ちゃん」
「お兄さん?」
1度目の再婚相手の連れ子に恋をした話しだった。よくある事と言えばそれまでだが、中学2年生と小学6年生ですでに大人顔負けの恋愛をしていたと彼女は言う。




