3話
しばらくして警察が来たが、その後の事はよく覚えていなかった。覚えていないというより、思い出したくないと言った方がいいのかもしれない。取り調べ室では、状況説明に応じただけなのに最初から犯人扱いだった。『とんでもない事をしたな』であるとか、『もう詰んだぞ。お前』とか。暴力のようなものは一切なかったが、刑事が頭を抱えていたのが脳裏に焼き付いていた。のちに、あいりはどこか大企業の会長の孫だと知らされ、国選弁護士にはとりあえず取り引きに応じろの一点張りだった。どう説明しても、『相手が悪い』であるだとか、『これ以上は状況が悪化するだけだ』と言われ、最後は首を縦に振るしかなかった。そして、懲役15年を言い渡された。殺していないのに、何もやっていないのに、拓哉は圧倒的な力の前にただただ平伏すしかなかったのだ。
「おーい、こっちだ」
頼りないクラクションが鳴り響いた。音の鳴る方には白い軽トラがあった。身元引き受け人の角田敏生である。角田は、拓哉が務めていた店のオーナーだ。年齢は48歳で、現在は赤羽で配達業をしている。
拓哉は軽トラの方へ近づいた。刑期を終えたとはいえ、執行猶予3年である。両手を上げて喜べないのは当然だが、拓哉の心の中はとにかく深い所でこの憤りを理解してくれる人が欲しかった。
「荷物、荷台に乗せろよ。助手席狭いからな」
拓哉は言われた通りにした。紺色のボストンバックを荷台に投げ入れて助手席に乗り込んだ。
「とりあえず、保護司さんの所は後日行けよ」
「すいません。色々と世話になります」
「腐れ縁だと思って諦めているよ」
そう言うと、口髭を蓄えた敏生は大きな声で笑った。最後に面会に来てくれたのが丁度半年前で、その時から比べてもまた少し太ったように見えた。
「儲かってるみたいすね」
「どうして?」
「どうしてもないすよ。歌舞伎町時代から比べたらずいぶん太ったじゃないですか」
「はっきり言うなよ。年齢だよ。代謝も悪くなってんだろ。もう50だぜ。信じらんないよ」
白髪混じりの口髭と、ほうれい線の深さに時の流れを感じていた。赤のスーツが似合う人気のオーナー兼ホストだった面影は限りなくゼロに近いが、あの頃より穏やかな表情になった敏生を見て、拓哉は安堵の表情を浮かべていた。
「すいません。全てむちゃくちゃにしてしまって……」
「またかよ。お前、会う度にそれ言うよな。忘れろ! 全部だ。全部忘れろ」
忘れられるだろうか──あんな理不尽な事を果たしてなかったかのように思えるには、人生を2、3回巡らないと無理だと感じていた。
「俺はお前はやってないって思ってるよ。お前があのエースを殺す理由が1ミリもないからな」
「……」
「何だよ、信じてる奴が俺一人だと不服か?」
「いっいえ、オーナーにはどうしたって償えないと思っていますよ。ただ……」
「ただ何だよ? あれだろ、おふくろさんみたいな人に話しを聞いてもらいたいんだろ?」
「知ってるじゃないですか、天涯孤独の身だって事を」