10話
甘いソースの香りと、女子高生のフレグランスの香りが入り混じった空気の中、忌々しい事件の事が蘇っていた。その頻度は緩やかな日々と献身的な瑠璃の支えのおかげで減っていた。だが、予測不能のフラッシュバックは激しい頭痛が後から押し寄せてくる事を覚悟しなければならない。一瞬不安になったが、部屋に最後の頭痛薬があった事を思い出して安堵した。
「私だけなんだよ? 特別って言ってくれるのは」
「いや、だからさ、そりゃそう言うもんじゃないの」
型にはめられている女子高生は黒髪が美しく一見真面目そうな雰囲気だが、よく見れば背伸びしたメイクが全体をアンバランスにさせている。やたらと否定的な友達の方は、いかにも遊んでいそうな雰囲気で、スカートの丈はもはやこの街の優勝者と言っていいぐらいに短い。もう1人の友達らしき娘は、2人のやりとりなどどこ吹く風、じゃらじゃらといくつものキーホルダーが付いたスマホをいじっている。
「お兄さん、どう思います?」
「えっ! 僕ですか?」
女子高生2人は大きく頷いて拓哉を見ている。先程まで貪るようにスマホをいじっていた娘まで拓哉に注目していた。いきなり話しを振られて少し戸惑ったが、いい大人が女子高生におじおじしてられない。
「話しは漏れていたから聞こえていましたけど……」
「この子、遊ばれていますよね?」
「遊ばれているというか、業務なんで、クラブでの地位を上げていく為には……」
「だから、お兄さんの言ってる事とおんなじじゃね?」
「おんなじじゃないわよ。仕方がないもん。彼、1番になりたいし、私も出来る事をしたいし……」
恋は盲目である。残酷なまでに──。少し冷静になって考えれば分かる事なのに、完全に色恋営業にハマってしまった彼女を救う手立てなど、当人だった拓哉に分かるはずもなかった。
「お嬢ちゃん方、たこ焼き焼けたよ」
3人はたこ焼きを受け取り、まるで潮が引くように去って行った。彼女達の残り香がこの街の風景をあの頃に戻していったが、たこ焼き屋の大将の言葉で我にかえった。
「お兄さん、いくつにする?」
「あっ、すいません。3人前で」
「あいよ!」
拓哉は8個入り450円のたこ焼きを3つ買い、もう一度会社の方へ帰る。白いビニール袋はずしりと重く、その重みは決して1人ぼっちではないと思わせてくれた。




