4話
「手切れ金かなんかよね? あの社長、コーヒーのチケットを毎月買ってくれる太客だからまだ許せるけど、ほんとクソよね」
「クソは間違いないけど、思いやりはあるわ!」
ベースボールキャップの女性は、スナックのママに噛みついた。色白で目鼻立ちがはっきりした非の打ち所がない所謂美人である。ママも若さが弾ける彼女に嫉妬したのか、わざと怒らせるような事まで言っていた。
「あなたもお金でしょ? 若いのに愛よりお金なんてほんとクソよね」
「おばさん、お代はあの人のコーヒーチケットでよろしく! 私、帰るわ!」
拓哉はこの不毛なやり取りの中、ホスト時代の事を思い出していた。客同士が揉めている現場なんて掃いて捨てるほど見てきたが、今こうして聞いてみると男の性では済まされない事だと感じていた。当時は取っ組み合いの喧嘩をしていようがどこ吹く風、われ関せずだったが、この赤いベースボールキャップの女性、いや、よく見ると10代かもしれないこの子がとても不憫に思えた。
「お兄さん、バイクでしょ? 駅まで乗っけてよ」
「いっいや、ヘルメットが一つしかなくて」
「見かけによらずクソ真面目! いいの。キャップ被ってるから大丈夫だし。とりあえず、こんなカビ臭い店出ましょう!」
外は梅雨時のジメジメした空気で、この上なく不快なビル風が吹き抜けた。彼女はバイクの後ろに跨っているが交通違反で捕まる訳にはいかない。
「駅まではお送りさせていただきますが、歩いて行きましょう。すぐそこですし」
「何で?」
「先ほども申し上げましたが、ヘルメットがありませんので。違反切符を切られる訳にいかないので」
「そうだよね。お仕事できなくなっちゃう」
「ご理解頂きありがとうございます」
「その代わり、携帯見せて」
拓哉は胸ポケットから携帯を取り出して渡した。彼女は目にも止まらぬスピードで携帯をいじって、ものの5秒ほどで携帯を返した。瑠璃もそうだが、若い人は携帯の操作がとても速い。
「連絡先入れておいたから、今日中に返信よろしく!」
「……」
そう言うと、彼女は駅とは反対方向に歩き出した。振り返らずに右腕を挙げて振っていた。その姿が、記憶の片隅にあった母親との最後のシーンとリンクした。




