3話
拓哉は瑠璃の言葉を反芻した。“アイミス”であるとか、赤のベースボールキャップを被った女性であるとか言われても理解出来なかった。”株式会社ホリデー”の若い社長さんにいつも手渡ししている書類なのに、今日にかぎって別の場所で、別の人に渡す事に違和感を覚えた。
「社長さんも色々とあるみたいだから。いつもより3割増しの料金が振り込まれているからよろしくお願いします」
「分かった。そのスナックって昼間は営業しているの?」
「朝は喫茶店で、昼は軽食を出してるみたいだし、今は営業中だからお店の中に入ってその赤いキャップの女性に渡してね」
「了解。住所よろしく」
電話を切った5秒後ぐらいに住所が送られてきた。確認すると、今いる雑居ビルの裏側の通りに位置していた。ものの1分程度で現場に到着して、そのスナック“アイミス”の扉を開けた。お店の雰囲気からして昭和の時代から営業していそうな佇まいで、初見で入るのは躊躇しそうなほどである。流木のような看板に屋号が掘られていて、扉を開けると、鐘の音がカランコロンと店内に鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
カウンターとテーブル席が2つの小さな空間である。カウンターの中に50代ぐらいだろうか、化粧の濃い女性がカウンターに座るように指示してきた。
「お兄さん、お食事?」
「いえ、ちょっと」
「あー、今トイレよ。そのテーブルの上に置いておけば?」
「すいません。手渡しという指示なので」
「……」
スナックのママは怪訝な顔で拓哉を見た。ホリデーの社長の事だろうか、ブツブツと愚痴を吐きながらコップを洗っている。テーブルの上には溶けた氷のせいで薄くなったアイスコーヒーが置かれている。
「ごめんね。バイク便の人よね?」
「はっはい。手渡しという指示でしたのでお待ちしていました」
赤いベースボールキャップを被った20代らしき女性がトイレから出てきた。首元まで伸びた髪を両耳にかけなおし、キャップを深く被り直していた。
「確かにお渡ししましたので」
「ありがとう。これ何か知りたい?」
少し膨らんでいる茶色の封筒はいつものそれとは違っていた。配達するものがどんなものかなんてまるで興味はない。早く完了のメッセージを送り、次の現場に向かいたいだけだ。




