8話
そう言って笑うユリを抱きしめたかった。決して後戻りは出来ないだろうが──。だが、このどうしようもない胸の塊がもう少しで綺麗にこそげ落ちそうだった。彼女に触れたら、綺麗に丸ごと取り除く事が出来るかもしれない。
「桐敷さんを待ってるとおばあちゃんになっちゃう」
心の中をまた見透かされた──ユリは拓哉にしがみつくように寄り添う。拓哉はゆっくりとユリの腰に腕を回す。
「ごめん。今抱きしめようと思ってたんだ」
「本当? フライング?」
拓哉はユリにキスをした。冷たい唇を舌でこじ開けてユリの粘膜に触れた。塊は消えた。跡形もなく消え失せたのだ。あれほど悩ませれたのが嘘のように──。
「桐敷さん、私を愛してる?」
「愛してるよ。多分一生」
ユリは笑う。涙で剥げた化粧顔がとても美しい。完璧にメイクアップされた時よりずっと──。
「多分じゃ駄目よ。“間違いなく”に訂正して」
「分かった。間違いなく」
「嬉しい。私の中にある胸の泥みたいなのが一気に流れていっちゃった」
拓哉は驚く。彼女もまた自力では除去不可能な“アレ”に悩ませていたのだ。
「同じく。こちらは泥ではなく塊だったけど」
拓哉はきつくユリを抱きしめる。冷たい海風が頬を滑る。
瑠璃の事はどうするのか──子供じゃあるまいし、ユリに相談する訳にはいかない。瑠璃の事はユリに迷惑にならないように解決しなければいけない。
「瑠璃ちゃんの事?」
「えっ? 何で分かったの?」
「分かるわ。不思議と全部じゃないかもだけど分かっちゃう」
「まさか、前世兄弟とか?」
「兄弟でも双子かもしれないわ」
工場の大きな煙突から煙が吹き上がる。風に流されていくそれを見ていると、ある一つの結論に達した。
「なるようにしかならないしね。まだ16だし、いくらでも良い人に出会うと思う。ただ……」
「ただ?」
「仕事はやりにくいよね。社長が身元引き受け人なんだよ」
「社長さんは瑠璃ちゃんとの関係は知らないんだよね?」
「うん。知らないはず。知っていて何も言わないかもしれないけど」
ダウンジャケットのポケットが揺れる。拓哉スマホを取り出して確認した。




