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終わりの始まり

 

 2013年12月10日──拓哉は12年ぶりに娑婆の空を見上げていた。22歳でこの埼玉拘置所に入った。罪名は『殺人』である。事件当時、拓哉は歌舞伎町のホストだった。『グランドプレイス』という店のNo.2にまで昇り詰めたが、事件に巻き込まれる事になる。それは拓哉にはまるで身に覚えのない事であった。


 事件の夜、拓哉は渋谷のラブホテルで女と2人でいた。一緒にいた女は、当時17歳であり、言わずと知れた未成年である。この未成年の少女の名は『川嶋あいり』。事件後の裁判で、あの有名な川嶋自動車会長の孫娘である事を知る。怒り狂った会長はありとあらゆる手段を使い、証拠不十分であった拓哉をこの嘆きの壁の向こうに閉じ込めたのであった。圧倒的な権力の前になす全てもなく、拓哉は懲役15年を言い渡されたのだ。


 当時、No.1の座まではあと少しだった拓哉はなりふり構っていなかった。あいりの事も未成年である事は百も承知で色恋営業を全力で行っていたのだ。拓哉の上客、つまりホスト用語で『エース』のあいりは、この色恋営業をかけられて拓哉にぞっこんだった。


 色恋営業──恋人のような言葉や言動で客に接する営業スタイル。相手に彼女だと信じこませる事が目的。


 あいりがプラチナカードを所有している事を知っていた拓哉は、どうしてもNo.1になりたいとまるで呪文のようにあいりに唱えていた。時には勇ましく、時には蚊の鳴くような声で。この感情の振り幅を絶妙のバランスで演じる事が拓哉には出来た。この能力を努力して成し遂げたというより、基本スペックとして既に装備されていたのだ。女性はこの対比に弱い。ただ、全ての女性に通用する事ではないので、タイプによって使い分けていた。とても悪い言い方をすれば『女たらし』である。



「……何だか壁の向こうって感じがしないな」



 拓哉は鈍色の壁に右掌をあてた。12年もこの向こうの世界にいた事が信じられないぐらいだった。そして12年前の事がフラッシュバックして、やり場のない怒りが押し寄せてきた。檻の中で12年かけて小さく噛み砕いてきたはずの怒りの塊は、一瞬にして再生されてしまった。



「……俺は殺してなんかないんだ。殺してなんて……」



 あいりとラブホテルでセックスをした後、泥のように眠ってしまった拓哉は左手首に違和感を覚えた。シーツが濡れているように感じて掛け布団を足で蹴飛ばして見てみると、赤く染まったシーツの上にあいりが寝ていた。



「あっあいりっ!」



 拓哉は大きな声で名前を呼んだが返事がない。両肩を掴んで起こそうとしたが、直ぐに死んでいると分かった。何故なら、すでに氷にように冷たかったからだ。あいりの右手首には刃物で切った跡が数箇所あった。拓哉は自分の左手首にも3センチぐらいの躊躇い傷のようなものがある事に気づいた。少し血が出ていたようだが傷口は乾いていた。



『とにかく救急車だ』



 拓哉はそう思ったが、既に死んでいるのだから救急車ではなく警察に連絡しないといけないと思った。この時、拓哉は人が死んでいるにも関わらず、自分の事ばかりを考えていた。まず、自分が殺したと疑われるんではないかとか、上客を失った事により、No.1の座が遠退いたであるとか──。



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