目覚まし時計
ふと、目が覚めた。
いつもは寝起きが悪い。朝に弱く夜に強いという今時ありがちな人間だ。
時計の時間は4時。
なんでこんな時間に目が覚めたんだろう。
目覚まし時計の設定でも間違えたかと、手にとって見る。
時計は、止まっていた。
電池でも切れたかと、危なく遅刻かなと腕時計を見ると、そちらも止まっている。
アナログの腕時計の秒針は、時を刻む事無く止まっている。
目覚まし時計もアナログだ。
以前に、一番大きい音で鳴る目覚まし時計を、と選んで買ったもの。
壁掛けの時計まで止まってる。
なんかSF小説で読んだな。電磁波がどーたらこーたらで時計が全部止まるとか。
はっとした。
机の上のパソコンを起動する。
スイッチが効かない。電源が入らない。
ほんとにSFが現実にでもなったのか?
段々と怖くなってきた。
カーテンを開けて外を見ようとするも、カーテンが重い。まるで、鉄の扉の様に重く動かない。
ドアに駆け寄って開く。いや、開かず、ドアノブも回らない。
いったいなにがどうなっているんだ。
自分の部屋に閉じ込められている。
カーテンもドアも、まるで壁に描かれた絵の様に動かない。
圧迫感が恐怖を更に加速させる。
何かが起きていて何もわからない。それが怖い。
机の引き出しも、タンスも、押し入れも、まるで絵に描いてあるだけの様に動かない。
いつの間にか、床にへたり込んでいた。
立つ気力はない。
立ち上がっても何をしろというのか。
何が出来るのかもわからない。
周りを見回しても、いつもと同じ部屋なだけ。
ただ、全くものが動かない。
止まった時計は4時を指し示している。
目覚ましは6時にセットしたはず。
まだ2時間ある。いや、止まっているから、既に6時になっているかもしれない。
いつもは目覚ましを寝ぼけながら止め、少しすると親が心配して見に来る。
起きてると伝え、着替えて階下のダイニングへ。
陽気な父親が出勤していき、それと入れ違いに朝食。
朝食を終える頃には、自分も学校へ行く時間だ。
いつもなら、そう。
けど今日は時間が止まっている。
なぜかはわからないけど、何もかもが止まっている。
なにがなんだかわからない。
なんとか床から立ち上がり、しかし、力なくベッドに座る。
硬い。いや、感触は微妙。
布団も固まっているのかと見る。
見た。
見えた。
ベッドの掛け布団は、そのままだった。
その中で寝ているのは、自分。
寝てる。
いや、息をしていない。
ゆすろうとするも、固くて動かない。
動かせない。
何が自分が二人いるんだ。
コレは誰だ。
なんで息をしていない。
真っ青な顔が、視界に張り付く。
ダメだ、起こさないとダメだ。
起こさないと。
殴った。思い切り。力の限り。
硬い。
石でも殴ったかのように硬い感触。
微動だにしない。
頭のなかで、なんとかしないとという言葉が繰り返される。
頭のなかが、どうなってるんだという言葉で埋め尽くされる。
カチッ
どうにもならない状況で途方にくれていると、耳に機械音が入ってきた。
時計の音。
アナログ時計の秒針が時を刻む音。
あ、助かるのか。
助かる。
カチッ……カチッ……。
時計を見ると、いつの間にか時間は6時を指そうとしている。
なんとかなるのか。
カチッ。ジリリリリリリリリッ。
煩いくらいの目覚まし音。
今はコレが安心できる。
目覚ましを停めるでもなく、腰が抜けている自分に笑った。
なんだったんだ。
長く続く目覚まし音。
絵に描かれたように動かなかったドアが開く。
母親が顔を出すと、いつもの様に起きてるかと問う。
母親の方をみて苦笑いしているのだが、母親は気づかない。
訝しんだ母親がベッドまで近づき、寝ている自分の様子を見る。
ヒッ……。
母親が腰を抜かし、父親を懸命に呼ぶ。
どうしたんだろう。なんだろう。
父親が部屋へと駆け込んでくると、母親は泣きながら言った。
「死んでる……。死んじゃってる……」
生きてるよ。ここにいるよ。
伝えようとしても伝わらない。
いつも陽気な父親が、真摯な顔で自分の様子を見る。
「お母さん、救急車だ。はやく、はやく!」
誰も目覚まし時計を止めようとはしない。
ジリリリリリリリリ……。
ずっと、ずっと、鳴り続けていた。
起こす相手が居なくなった目覚まし時計は、ずっと鳴り続けていた。