5、少女との出会い
「私を、捕まえに来たの?」
「いや、魔法を使えないくせに、魔獣を従えているあんたに興味を持っただけだ」
口は悪いけど、敵意を感じなかったのだから、本当にただ興味を持っただけなのかもしれない。
「そこのわんこ、お前話せるんだろ?」
ティアは気を使って、ジュードが声をかけて来てから一度も話していない。
「……サンドラ様に危害を加える様子はないようだから、我が話す事は何もない」
「主人思いだな。危害を加えるなんてしねーから安心しな」
ジュードはティアの頭をわしゃわしゃと撫で、ティアは満更でもない顔をしている。
「火をつけてくれたお礼に、食事をご馳走するわ」
鍋を火にかけ、湖で汲んだ水と具材を入れる。料理はした事がないけど、多分大丈夫……だよね?
具材に火が通った所で、器によそってジュードに渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
ジュードは黙々と食べ始める。反応がない。
私も器によそって一口食べてみる……
「まっずっ!!」
あまりの不味さに、変な声が出た。こんなに不味いのに、ジュードは文句も言わずに食べていた。
「ごめんなさい! 私、料理とかした事がなくて……」
よく考えたら、味見くらいするべきだった。
「不味くはない。味がないだけだ。今度からは、調味料を入れた方がいいな」
調味料……忘れてた……
味がないんだから、不味いに決まってる。それなのに、ジュードは全部食べてくれた。
「……そうする。アドバイス、ありがとう」
自分が、何も出来ない事を思い知らされた。料理くらい出来ないと、1人で生きて行くなんて到底無理。
「食事のお礼に……」
ジュードは私の髪に触れ、すぐに離した。触れられた髪を見てみると、銀色だった髪が茶色に変わっていた。
「髪の色が、変わった??」
「魔力を髪に流し込むと、好きな色に変えられる。元に戻したくなったら、魔力を流せばいい。その髪、綺麗だからもったいないけど、銀色のままだと色々不便だろ」
私の髪が、綺麗?
気味が悪いとしか言われた事がなかったこの髪を、綺麗だと言ってもらえた事が凄く嬉しかった。
「じゃあ、行くわ。また、縁があったら会おう」
ジュードは、そのまま去って行った。
また縁があったら……か。もう一度会う事があったら、お礼を言いたい。
「サンドラ様、嬉しそうですね」
ティアは私の膝の上に飛び乗り、じっと顔を見てくる。
「嬉しいよ。初めて髪を褒められたからね!」
「我も、サンドラ様の髪は綺麗だと思っていました! あの男よりも、我の方が先に思っていました!」
そんなに力説しなくても……
「ありがとう、ティア。
ねえ、元に戻ってくれない? ティアのモフモフに包まれて眠りたいな」
ティアはしっぽを振りながら、膝から降りて元の姿に戻った。
その日私は、ティアに抱きついて眠りに着いた。初めての野宿は、ティアのおかげで、とてもフカフカでとても気持ちが良かった。
翌日も、その翌日も、ティアの背に乗って国境を目指した。
ギルドに出されていたという、私の捜索依頼は気になるけど、一刻も早くこの国を出たかった。
幸い、ジュードのおかげで、フードを被らなくても正体がバレる事はなかった。
そして2週間後、ロックダム王国を出る事が出来た。
こんなに早く国を出る事が出来たのも、ティアのおかげだ。普通の馬車なら1ヵ月、徒歩なら3ヶ月はかかる。
ロックダムの西にある隣国の検問所を通り、近くの町へと向かっていると……
「ティア、止まって!」
道の真ん中に、女の子が倒れている。
ティアの背から降りて、倒れている女の子に近付いて声をかける。
「どうしたの? 大丈夫?」
返事はない。
首の脈を確認してみると、生きている。気を失っているだけのようだ。
「ケガはないみたいだけど、このまま放っておくわけにもいかないし……どうしよう」
その時、女の子が目を開けた。
「あなた、大丈夫?」
女の子は勢い良く起き上がったと思ったら、勢い良く頭を下げた。
「助けてください!!」
女の子の名前は、レニー。8歳。
金色の髪に緑色の瞳。少し日に焼けた健康的な肌で、元気いっぱいに育って来たのが分かる。
レニーは、ロックダムの隣国、アットウェルの国境近くのマルク村にお母さんと2人で住んでいた。先日、村が魔物に襲われ、レニーを逃がすために村人達は魔物に立ち向かった。レニーは助けを呼ぼうと走り続け、力尽きて倒れていたようだ。
気の毒だけど、村の人達はもう……
「お願いします! お母さんを、村の人達を助けてください!」
たとえ誰も生き延びていなくても、助けに戻らなかったらレニーは一生後悔する。
「行こう。レニー、案内してくれる?」
レニーは涙を浮かべながら頷いた。
ティアの背にレニーを抱き上げて乗せ、レニーの後ろに乗り込む。
「レニー、しっかり掴まっていてね」
レニーの住んでいる村へと、ティアはいつもよりゆっくりと走り出した。
魔物が相手なら、他の魔法が使えない私でも何とか出来る。ただ、まだ魔物がいるとは思えない。
村に魔物がいないからといって、アットウェルから居なくなったとは限らない。むしろ、そのまま他の村や町を襲っている可能性の方が高い。
村へと向かっていると、アットウェルの国境を守っていた兵士達が、魔物に襲われ傷を負って倒れていた。ここから、魔物はアットウェル国内へと侵入したらしい。この場所は、幅の狭い道が山々に囲まれていて、魔物や他国の軍勢が通れそうにはない。その為、この場所を守る兵士は数十名で十分だったのだろう。
「大丈夫ですか!?」
レニーをティアの背に乗せたまま、私だけ降りて兵士の元に駆け寄る。
「魔物が……魔物が……」
兵士は必死に、魔物に襲われた事を伝えようとして来る。
「分かっています。傷を見せてください」
兵士の腕はちぎれかけていて、出血多量で命を失っていてもおかしくはなかった。痛みに耐え、火魔法で自ら止血をし、他の兵士達のケガの手当までしていた。
数十名程の兵士を、容易く倒せる魔物……こんな事が出来る魔物を、村人が倒せるはずがない。
ケガ人が多い……
やった事はないけど、この場にいるケガ人を全員いっぺんに治すことにした。
村の人達の命が、たとえ絶望的だとしても、もしかしたらという気持ちがあった。だから、少しでも時間が惜しかった。
目を瞑り、両手を組み、祈りを捧げる。
私の体は白い光に包まれ、その光は次第に大きくなって、兵士達を包み込む。
ケガをしていた兵士達は、何が起きたか分からずに辺りを見渡しながら立ち上がる。
その場に居た全員のケガがいっせいに治り、腕がちぎれかけていた兵士の腕も完全に治っていた。
「お姉ちゃん……凄い……」
レニーの声が聞こえて目を開けると、兵士達が私の周りに集まっていた。
「ありがとうございます!」
「本当にありがとうございます! あなたは命の恩人です!」
兵士達に次々にお礼を言われ、誰かを救える喜びを知った。
「皆さんが無事で良かったです。私は先を急ぎますので、これで失礼します」
そのままティアの背に乗り込み、村へと向かった。後ろを振り返ると、兵士達はいつまでも頭を下げ続けていた。
村に着くと、人の気配も魔物の気配もなかった。レニーはティアから降りると、走り出した。
「お母さん! お母さん!! みんな、どこにいるの!? 助けてくれる人を連れて来たの! お願い、返事をして!! 」
どんなに叫んでも、誰からも返事は返って来ない。少し先で、レニーは立ち止まった。
そこには、魔物に無惨に殺された村人達の死体があった。