32、ヒルダへ
お店を開いてから、沢山の人達が買いに来てくれる。
「これは、どんなものですか?」
女性がカウンターに置いた小瓶を手に取り、説明をする。
「これは、聖水です。この水を体にかけると、魔物が寄ってこないという効果があります。持続時間は24時間くらいです」
「そんな素晴らしい効果が!? 買います!」
女性はお金を置いて品物を持ち、ご機嫌で帰って行った。
店に置いてある商品は、ほとんどが聖女の力を込めたものだ。毎日沢山売れすぎて、商品を作るのが大変だけど、すごく充実している。
「いらっしゃいま……」
「久しぶりね、お姉様」
店に入って来たのは、アンナだった。
「どうしてここが?」
アンナは、ロックダムを追放されてから姿を見せなかった。今更私に、何の用があるのか……
「お姉様に会いに来たの。私達、2人きりの姉妹じゃない」
笑顔でそう言ってくるアンナ。
そんなこと全く思っていないくせに、どういうつもりなのか……
「それで?」
「私ね、結婚するの。お父様もお母様も、居場所が分からないし、せめてお姉様だけでも来てもらえたらなって思って」
アンナは私に向かって演技をしている。今まで、私にだけは本性で接してきたから、これが演技だということは分かる。
「どこに行けばいい?」
どこだろうと、私が聖女だと知って、手に入れようとしている国に違いない。アンナは、また私を利用するつもりなのだろう。
「それがね、お姉様の故郷のヒルダなの。ヒルダの貴族に見初められたの! 」
断るつもりで、アンナの話を聞いていた。
まさか、ヒルダだなんて……
「行くわ」
罠なのは分かっている。それでも、行かなければならない気がした。
王族を皆殺しにしておきながら、今更聖女の私が必要だなんて虫がよすぎる。
私を呼んだことを、後悔させてあげるわ。
「ありがとう! これが招待状よ」
招待状を置いて、アンナは帰って行った。
その夜、レニーを寝かせてから、アンナのことをジュードに話した。
「反対しても、行くんだろ? ヒルダのことは噂には聞いている。俺も行くからな」
話を聞いたジュードは、少し怒っているように見えた。私が勝手に承諾したからなのかもしれない。それでも、一緒に行くと言ってくれて嬉しい。
ジュードの話によると、1年前まではヒルダに聖女がいたらしい。
20年前、1人の少女が聖女として覚醒した。その少女は、王族ではなく貴族の子だった。
王族には男子が居なかったこともあり、その令嬢を王妃にすることが出来なかった。そして、令嬢の父、ガブリエル・ドンソン公爵が、ロックダムと手を組み、あの悲劇が起きた。
ヒルダの王族を皆殺しにした後、ドンソン公爵は親戚の息子を王座につかせ、自分の娘と結婚させた。その聖女は、1年前に病でこの世を去った。
貴族には、王族のような力はない。王族が国を治めていた時は、強い魔力を持つ王族だからヒルダを守ることが可能だった。小国であるヒルダには、もう国を守る術がない。
たまたま生まれた聖女……それが、権力を欲する者によって利用された。
2ヶ月後、アンナの結婚式に出席する為に、私とジュードはヒルダへと出発した。
ヒルダへは、ナージルダルの町から馬車で1ヶ月程で着く。アンナの結婚式は、2週間後。私達はいつも通り、魔法を使って移動する。
レニーのことは、ティアとラルフ、そしてフーリン伯爵にお願いした。店は商品の供給が出来ないから、休むしかなかった。だけど、ジュードと2人きりの旅行は、新婚旅行みたいで楽しみにしていた。……ヒルダに行くというのに、緊張感なさすぎね。
「新婚旅行みたいだな」
草原を高速で移動しながら、ジュードは笑顔でそう言った。同じことを考えていたことに、私の心はほっこりした。




