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2、結界



もしかしたら、私が聖女だという事をアンナは知っているのかもしれない。私が何をしようと誰も気にしないが、アンナだけはいつも私の事を見ていた。あの日も、森に入って行く所を見ていたのかもしれない。アンナが私を気にしていたのは、私が心配だからとか、家族だからとかいう理由ではない。アンナは、私が大嫌いだった。


アンナが生まれてからは、私は使用人に育てられた。父にとっては、私はただの道具。私にとっての家族は、育ててくれた使用人のアリーだけだった。アリーは、私が6歳の時に病で亡くなってしまい、私はこの邸で1人ぼっちになった。


アンナが婚約してから数日後、とんでもない事を言い出した。


「お姉様の力、私にくれない?」


やっぱり、アンナは私が聖女だと気付いていた。


「何を言っているの? 私に力なんてないわ」


気付かれていると分かっていても、認めるわけにはいかなかった。認めてしまったら、アンナに利用されるのが分かりきっている。


「誤魔化してもムダよ。8年前のあの日、森に入って行ったお姉様が、慌てて邸に戻って来たのは知ってるわ。あの時は、他に聖女がいたのかと思っていたけれど、今はあれがお姉様の力だって分かるわ」


今なら分かる……か。

アンナは、私が聖女だという事を確信している。ずっと私を見張っていたのだろう。

8年間、力を隠し続けて来たのに、少し前に1度だけ力を使ってしまった。羽根に傷を負い、飛べなくなっていた小鳥を癒したのを見られていたんだ……


「あなたは、何がしたいの? エヴァン様と婚約出来たのだから、それでいいでしょう?」


それでいいはずはなかった。アンナには力がないのだから、聖女ではないと気付かれるのも時間の問題。 アンナは、私がエヴァン様の事を苦手に思っている事にも気付いている。だから、最初から利用するつもりだったのだろう。


「さっき言ったじゃない。お姉様の力が欲しいの。私が聖女じゃないとバレたら、この公爵家は終わりよ。お父様を悲しませたいの?」


『お父様を悲しませたいの?』

その一言で、何かが吹っ切れた気がした。


「いいわ、力を貸してあげる」


父が悲しもうと、この公爵家が終わろうと、どうでもいい事に気付いてしまった。力を貸さないという選択肢もあったけど、それだとすぐにアンナが聖女ではないとバレてしまう。

私はこの邸を出て、1人で生きて行く決意を固めた。それまでの時間稼ぎをする為に、アンナに協力をする事にした。

邸を出ると決めてから、気持ちが楽になった。




「結界を張り直して欲しいそうよ。今日中にお願いね」


王城に呼び出されていたアンナが帰って来たと思ったら、すぐに私の部屋へ訪れてそう言った。


簡単に言ってくれるわ。

前王妃様が残した結界を張り直せだなんて、どれだけ大変な事なのか分かっていない。


「今日中にはムリよ。今からすぐに始めても、明日の朝まではかかるわ。その間、あなたも部屋から出てはダメよ」


アンナが誰かに見つかったら、結界を張っていない事が分かってしまう。


「冗談でしょ!? 邸から出なければ、それでいいじゃない!」


アンナは、軽く考え過ぎている。本来なら、大聖堂で結界を張るはず……大聖堂で待つのが退屈だから、邸で行う事にしたのね。


「お父様は、この事を知っているの?」


知るはずがない。自分の事しか考えていない父が、こんなリスクがある事を許しはしない。義母と結婚したのも、お金が目的だった。


「……分かったわよ! 明日の朝ね。それ以上は、我慢出来ないわ!」


アンナは不機嫌そうな顔で、自室に戻って行った。この邸の人間は、自分の事しか考えていない。父がアンナを可愛がる理由は、義母の父であるフーディー侯爵の援助があるから。義母は他の貴族夫人を集めて、自慢話ばかりしている。そしてアンナは、ワガママで自己中。


こんな所、早く出て行きたい。


仕方なく、結界を張る準備をする。準備といっても、特にする事はない。この部屋に訪れる者もいない。部屋の掃除も、自分でしている。父も義母も、使用人でさえ、まるで私なんて存在していないように振る舞う。

食事の時が、唯一家族と顔を合わせる時間だけど、私に話しかける事も、私を見る事もない。愛情のない家族。

もしもアリーが居なかったら、感情をなくしていたかもしれない。だけど、アリーが私に愛情を沢山与えてくれた。母の事も、沢山話してくれた。だから私は、強く生きて来られた。


部屋の真ん中に座り、目を閉じて祈り始める。真ん中である必要はないけれど、この方が結界の形をイメージしやすい。まさか、隠していた力をこんな形で使う事になるとは思っていなかった。

温かい光が身体を包み込み、その光は邸の屋根を突き抜けて上空に向かって立ち上る。そのまま国全体が、優しい光に包まれて行った。


そのまま朝まで祈り続けた。



結界を張り終えた事を、アンナに伝えに行く。そんな義務はないけれど、後で文句を言いに来られたら鬱陶しい。


アンナの部屋のドアをノックすると、待ってましたと言わんばかりの勢いで返事が返って来た。


「終わったわ」


ドア越しにそう伝えて部屋に戻ろうとすると、ドアが開いてアンナが出て来た。


「おっそいわよ! 退屈過ぎて、死にそうだったわ!」


人は退屈では死なない。

仮にも聖女を名乗ったのだから、祈るフリくらいしなさいよ。


「死ななくて良かったわね。私は部屋に戻るわ」


結界を張って分かった。前王妃様の結界は、もう限界だった。今の王妃様が水晶玉を使って、その限界を先延ばしにしていただけ。いつ消滅しても、おかしくはなかった。恐らく、水晶玉の魔力も尽きかけている。だから、アンナの話を信じたのね。そして、逃がさないように、確認よりも先に婚約をした。

この結界は、最終試験のようなもの。だけど、結界というのは毎日数時間は祈らなければ維持出来ない。早めに邸を出て行かなければ、逃げられなくなってしまう。


「何を言っているの!? 私が死ぬはずないじゃない!」


……自分が、死にそうだったと言ったわよね?

相手にしても疲れるから、無視しよう。


部屋に戻り、荷造りを始める。荷物といっても、ほとんどない。机の引き出しから、指輪を取り出す。この指輪は、母の唯一の形見。母が亡くなる前に、『産まれてくる子に渡して』と、アリーに預けていた。

指輪を取り上げられたらと思うと、ずっと隠しておく事しか出来なかった。

何着か服をバッグに入れ、部屋から出る。この部屋は、アリーとの思い出がつまっていた。少し寂しいけど、もうここには居られない。


荷物を持って玄関に向かうと、何だか騒がしい。私は急いで、荷物を隠した。

私に力はなくても、ヒルダの血を引く私を素直に逃がしてくれるとは思えない。それに、アンナに見つかるのは困る。アンナは私を利用し続ける気でいるのだから、1番厄介な相手だ。荷物は諦めよう。


何食わぬ顔で玄関に歩いて行くと、そこには苦手なエヴァン様が立っていた。




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