13、聖女は……
ナージルダルの町を出てから、1ヵ月が経った。そろそろ、王都が見えてくる。
結局、戻って来てしまった。
ティアは絶対に追ってこない。もしも私に何かあったら、レニーを守るように命令してある。優先すべきは、私の命よりレニーの命だと言い聞かせた。ジュードにも、頼んである。だから、ティアとレニーは大丈夫。
私はまた、透明人間に戻るだけ。
そうだ、この国に結界を張りつつ、アットウェルにも結界を張ろう。あの国の人達は、素敵な人達ばかりだった。みんなを守れるなら、道具でもいいかもしれない。
王城へと到着し、門が開かれ、馬車は中へと進む。
「やっと着きましたね。分かっているとは思いますが、くれぐれも余計なことは言わないでくださいね」
物語に出てくる、悪役みたいなセリフ。まあ、オスカー様は完全に悪だけど……
「信用出来ないのなら、猿ぐつわでもしたらいかがですか?」
大人しく従うつもりはない。
私が逃げない限り、ナージルダルの町の人達には手を出さないと約束をしてもらった。逆に言えば、私が逃げなければいい。とはいっても、オスカー様の計画を邪魔すれば、約束は守られない。
オスカー様が王太子になれるように、協力するしかない。
「信用しているので、その必要はないでしょう。父上に、挨拶に行きますよ」
馬車が止まり、オスカー様が先に降りた。その後に続き、馬車から降りる。
王城に来るのは、エヴァン様に婚約を破棄されたあの日以来だ。そんなに時は経っていないのに、随分昔のことのように思える。
オスカー様のあとを追い、国王様の元へと向かう。国王様も、苦手だった。
力を持っていない私を、ゴミを見るような目で見ていた。国王様だけじゃない、この国の貴族も民達も、私を役立たずのゴミを見るような目で見ていた。
国王様が居る執務室に着くと、オスカー様は身なりを整えてからドアをノックした。
「入れ」
中から声が聞こえると、ドアを開けて中に入る。
「父上、サンドラ嬢を見つけ、連れ帰りました」
「そうか。ご苦労。下がれ」
国王様は、私にも、オスカー様にも視線を向けることなく、書類を見ながらそう言った。下がれと言われても、オスカー様は動こうとはしない。
「まだ用があるのか?」
「父上に、お願いがあります。サンドラ嬢との婚約を、お許し頂きたいのです」
そう言って頭を下げるオスカー様。国王様は、ようやく顔を上げてオスカー様を見た。
「それはならん。その娘には子を生ませ、その子を後の王妃にしなければならない。その娘は、王家ではなく公爵家に嫁いでもらう」
お母様が、オデット公爵家に嫁がされた理由が分かった。お母様は、聖女ではなかったから。
「それはなりません! サンドラ嬢は、聖女です!」
オスカー様の言葉に、目を見開く国王様。そして、今日初めて私の顔を見た。
「それは、どういうことだ!? 聖女は、オデット公爵家のアンナではないのか!?」
国王様も、アンナがついた嘘を信じていたみたい。それ程、私が上手く隠せていた。それなのに、オスカー様には気付かれていた。
「アンナ嬢は、聖女ではありません! 8年前の結界も、国の結界も、全てサンドラ嬢が張ったものです!」
国王様はイスから立ち上がり、こちらへと歩いて来て、私達の前で止まった。
「そこまで言うのならば、確証があるのだろうな?」
「もちろんです! サンドラ嬢が、斬られた人間の傷を一瞬で治すのをこの目で見ました! 」
「……そうか。
エヴァンとアンナをここに呼べ!」
ドアの外に控えていた臣下が、エヴァン様とアンナを呼びに行った。
2人を待っている間、色々聞かれた。8年もの間、力を隠していた理由や、先日の結界のこと、なぜ国を出たのかも、根掘り葉掘り聞かれ、私は適当に誤魔化すしかなかった。
本当のことを言うわけには、いかなかったからだ。
しばらくすると、臣下がエヴァン様とアンナを連れて戻って来た。
「なぜお前が、ここに居るのだ!?」
「どうしてお姉様がここに!? 今まで、どこにいたの!?」
もう、質問にはうんざりしていた。
「兄上、僕はサンドラ嬢と婚約することになりました。本当の、聖女様です!」
勝ち誇った顔で、エヴァン様にそう告げたオスカー様。
「何を言っているのだ!? 聖女はアンナだ!」
エヴァン様は、アンナを信じてる。少しだけ、気の毒になって来た。
「やめよ! アンナが聖女だと言うのなら、その証拠を見せよ」
国王様にそう言われ、エヴァン様はアンナの顔を見る。アンナの顔は真っ青になって、冷や汗を流していた。
「アンナ!? 出来るよな? 国全体に、結界を張ったではないか!?」
「その結界、本当にアンナ嬢が張ったものなのですか?」
追い詰められていくアンナ。アンナは顔を両手で覆い、泣き出した。
「うわあああぁぁんっ!! 申し訳ありません! 私は……私は、お姉様に脅されていたのです!!」
オスカー様にいいように使われたアンナにも、少しだけ同情していた。だけど、そんな必要はなかった。
「どういうことだ!? お前は、聖女ではないのか!?」
驚きを隠せないエヴァン様。アンナはずっと泣いているフリをしている。
エヴァン様はアンナが心配だからではなく、自分の身が心配なのだ。エヴァン様は、最初からアンナに興味がなかった。それなのに騙され、王太子の座を失うことになる。




