10、ジュード
「ジュード!?」
また気配を感じなかった。この人は、気配を隠すのが得意なの? ここは、見渡す限り草原が広がっている。いくら魔法に気を取られていたとはいえ、こんなに近くに来ていたのに気付かないなんて……
「どうして、ここに居るの?」
もう一度会いたいとは思ってたけど、変な所を見られてしまった。
「ロックダムの兵が、この国に向かったのを見たんだ。あれはきっと、あんたを捕まえるためだろう」
まさか、それを伝える為にわざわざ私を追って来たの!?
「もしかして、ジュードって……暇人?」
「あんたそれ、失礼過ぎるだろ。心配して来てやったのに、急いで来て損した」
ジュードが私の為にそこまでしてくれる理由が分からなくて、可愛くない事を言ってしまった。男性に心配された事なんて、今まで1度もなかったから、どう反応したらいいのか分からない。
「知らせてくれて、ありがとう。兵が動いたという事は、あの依頼は王家が出したという事ね」
だけど、エヴァン様ではない。あの依頼は、私が邸を出る前に出されてる。邸を出た日、エヴァン様はアンナに会いに来た。私を怪しんでるようには思えなかったし、婚約を解消したのはエヴァン様なのだから。
「危なっかしいから、しばらく一緒に居てやる。あんたが捕まったら、寝覚めが悪いしな」
「え!? ジュードが一緒に!?」
思いもよらなかった言葉に、私は目を見開いた。確かに、ジュードは頼りになりそう。この髪も、本当に助かった。だけど……
「どうして私を助けてくれるの? ジュードは本当は何者なの?」
ジュードが何者か分からないうちは、信用する事は出来ない。 今の私には、レニーがいる。この子を、危険な目に合わせたくない。もし私が、ロックダムの兵に見つかったら、ティアにレニーを任せる。
「それでいい。近付くもの全てを疑え。俺は、勝手にあんたを見守るから、気にするな」
何者か答える気はないのね。
心を許す気はないけれど、見守ってくれるならそうしてもらおう。
私を捕まえる気なら、最初に会った時に捕まえられたのだから、危害を加えたりはしないはず。
「あんたはやめてくれない? 知ってるだろうけど、私の名はサンドラよ」
私がエヴァン様の婚約者だという事を知っていたのだから、名前も知ってるはず。
「サンドラ、よろしく」
いきなり呼び捨て!?
と思ったけど、私が先に呼び捨てにしてた……
「あたしはレニー! お兄ちゃんは、お姉ちゃんのお友達?」
「そうだ。俺はサンドラの友達だ。レニーか、よろしくな」
とても優しい顔で笑うジュード。こんな顔も、出来るのね。
「魔法、教えてやる」
忘れてた……
「制御の仕方を、教えてくれるの?」
このままじゃ、四属性魔法を使う事が出来ない。草原だからまだ良かったけど、森で魔法の練習をしていたら木が燃えて火事になっていた。
「でも、なぜ光魔法を使わない? 光魔法、使えるんだろ?」
ジュードは、私が聖女だという事を知ってるみたい。知っていて、私を利用しないなんて……
「私の事、どこまで知っているの? どうして、私が光魔法を使えると思ったの?」
「……最初は、王太子の婚約者でヒルダの王族の血を引いている事しか知らなかった。そこに居るフェンリルは、あんたが結界に閉じ込めていたんだろ? 結界に閉じ込められていたフェンリルを出せるのは、その結界を張った聖女しかいない。俺はただ、推測しただけだ」
私を知っているのだから、ロックダムの人間か、どこか他の国の貴族? 正体を話してくれる気はないみたいだし、聞いても無駄ね。
「聖女である事を知られたくないから、四属性魔法を使えるようになりたいの」
「あんたなら簡単だ。光魔法と同じようにやればいいだけだ。使いたい魔法を、イメージすればいい」
光魔法と同じように?
そういえば、光魔法は自由に操る事が出来た。さっきの魔法は、レニーを真似しただけで、イメージなんてしてなかった。詠唱した事で、魔力が暴走したのかもしれない。それなら……
私は片手を開き、手のひらに乗るくらいの小さな炎をイメージした。すると、ボッと小さな炎が出現した。その炎を前に飛んで行くイメージをすると、シュッと音を立てて飛んで行った。
「出来た……」
私に詠唱は必要ないみたい。詠唱する事で、魔力のコントロールが出来ずに暴走してしまう。
「よし! 次は、水だ」
言われた通り、次々に魔法を使う。水の次は風、風の次は土。全部の属性が、一通り使える事が分かった。
「まさか、全属性の魔法が使えるとはな……」
普通なら、1つの属性しか使えない。ティアでさえ、風と水の2つ。全属性使える者は、ほとんどいない。
何だか、自分が化け物のように思えてきた。
「あんたの力は、神の力だ。人より優れていても不思議はない」
落ち込んでる私を見て、ジュードは慰めてくれてるみたい。そういえば、ジュードも無詠唱魔法を使っていた。自分は化け物だと、私と同じ事を思ったのかもしれない。
「ありがとう、ジュード」
「お姉ちゃんはすごくすごく強くて、とってもとっても優しい! あたしはお姉ちゃんが大好き!」
駆け寄ってきて抱きつくレニーを、そっと抱きしめ返す。
レニーを守れるなら、化け物でも構わない。
「私も、レニーが大好きだよ」
レニーを抱きしめながら頭を撫でると、いつの間にか元の大きさに戻っていたティアが、レニーの隣まで来てシッポをブンブン振りながら、目を輝かせてこちらを見ていた。
「ティアも、大好きだよ」
「あたしも、ティア好きー」
レニーと私はティアに抱きついた。満足そうな顔をするティア。
「そろそろ腹減らないか?」
ジュードの言葉で、私のお腹がぐうーっと大きな音でなった。恥ずかしくなり、顔が一気に赤くなる。
「あははははっ! あんだけの魔力を使ったんだから、腹が減るのは当たり前だ。帰るぞ」
『見守る』と言っていたわりに、ガッツリ絡んでくるジュード。彼が何者なのかは分からないけど、悪い人ではなさそう。




