入学試験 - 3 -
ライルは目の前に倒れる学院生を見下ろす。今、ライルがする事は何もない。直に学院の教授か誰かが来るだろう。実際にこの試験を評価しているのは、教授達なのだから。
「ライル。」
佇むライルの所にアリスが寄ってきた。傍らには【浮遊】によって浮かべられた受験生の姿がある。恐らく対処に困ったのだろう。
「取り敢えず、この地面に降ろしてくれ。」
アリスは頷くと、受験生を降ろした。ライルは【呪縛】を発動させる。魔法による不可視の束縛。これで受験生は動けない。学院生の方は【身体麻痺】の解呪が出来ないようだ。
「アリスは受験生の中に動向がおかしい者がいないか、見ていてくれ。」
「分かった。」
「既に一人怪しい動きを見せている者もいるけどな。」
ライルの視線の先をアリスが見ると、この訓練室から立ち去ろうとしている受験生がいた。その目的は分からないが、アリスは一回の跳躍で追い付き、言い分を聞くことにする。
「どこに行こうとしているの?」
「た、助けを呼ぼうとしたんだ!!悪くないだろ!?」
「じゃあ、その手にあるMAADを今すぐ手放せ。」
ライルはその嘘も軽く見破る。アリスに攻撃を仕掛ける前にライルは風の刃でMAADを破壊する。これで大規模な魔法は発動できないだろう。
その受験生もアリスの手によって【呪縛】され、運ばれてくる。何人共犯者がいるのだろうか。
「いい加減にして欲しいね。」
軽い疲労に溜息を零したライルに向かって、一人の受験生が愚痴を言う。
「……何がだ?」
ライルにしてみれば、その愚痴が何を指して言ったものか理解できないのだ。
「そ、それは……」
ただ威勢が良いだけのようだ。ここまでだと呆れるしかない。
「で、どうしたいんだ、お前は。」
まさかただ愚痴を言った訳ではあるまい。何らか理由があっての事だろう。先ほどの指摘に勢いを削がれてしまったのか、その受験生はボソボソと呟く。
「さっさと試験を始めろって言ってんだよ……ふざけてんじゃねえよ。」
恐らくアリスには聞こえていない。ライルは魔法の効果でどうにか聞き取ることができた。
「お前はこれが悪ふざけだと言いたいのか?」
今まで何を見ていたのだろうか。流石にこの状況を見て、悪ふざけというのはおかしいだろう。徐々に空気が険悪なものになってくる。ライルは呆れ。愚痴を言ったあの受験生は、そのライルの態度に対する怒りからだろう。
「はーい、そこまで。」
どこかでパンと手を叩く音がする。そして、この声には覚えがある。学院長だ。という事は……。
「お疲れさま。ライル君、その子達を放してくれる?」
「はぁ……分かりました。」
魔法を全て解除する。【身体麻痺】を掛けられていた生徒は、身体の感覚が戻らないようだ。立とうとして立てていない。ロウェナの横に立っていた男が手を貸す。どうにか立てたようだ。
「【簡易動作補助】。これで身体の感覚が戻れるまで普通に動けるようにしました。感覚が戻れば、自然と魔法も解除されるので大丈夫ですよ。」
この学院生を攻撃したのはライル自身であるため、アフターケアもライルに責任があるだろうと考えたのだ。一応、そうした軍の規律に関した責任問題はライルも気配っているのである。軍の規律は意外と世間一般でも必要とされる一般的なものも多い。
「それで、学院長は何の用ですか?」
人の入学試験を荒らしたのだ。用が無くてはすぐにこんな試験など放棄してしまおう。
「理由ならあるわよ?ライル君には普通の試験だったら不公平でしょ?」
当然とでも言いたげだ。ライルはまたしても呆れてしまう。要らないお世話である。
「要らないお世話です。」
実際、口にも出した。
「さて……。予めライル君が最後になるように頼んでおいたから、後に一次試験が終わっていない受験生はいない筈だけど、あってる?」
どうやら質問はライルに向けられているようだ。それを察したライルは頷いた。
「じゃあ、受験生の皆さん、一次試験は終了です。学院生と共に待合室へ戻って下さい。」
ロウェナはこの場を締める。受験生はぞろぞろと待合室へと戻って行く。学院生も普通に歩けるようになったようだ。
「じゃあ、ライル君、二次試験も楽しみにしているわ。」
「何もして下さいよ。」
ライルの悲痛にロウェナは、微笑んだだけだった。
◇ ◇ ◇
ライルは最後に待合室へ入る。音も立てず、自動ドアが閉まる。
「ライル、こっちこっち。」
どうやら空いている席はアリスの付近しかないようだ。いつの間にかアリスとライルは、友人のようである。―――――原因は、ロウェナのお節介である。
「さっきの人、学院長でしょ?」
「ああ、そうだ。前に一度、話したことがあったからな。覚えておいてくれたんだろう。」
アリスは目を細めている。そして、一言。
「嘘。」
「……嘘じゃない。その時に俺の実力を知り合いが学院長に大袈裟に伝え「それも嘘。」……はぁ。」
どうやらライルは大根役者のようだ。ライルは違和感なく話しているつもりだが、言葉がたどたどしい。
「すまない、その事は言えないんだ。秘密事項に該当する。」
「つまり、ライルは何らかの組織に属していると。」
「なっ……!?」
ライルは口を滑らせてしまった。これだけの事だから良かったものの……いや、本当はライルの実力も外部には漏らしてはいけないものなのだろう。これは軍人としてはあってはならない事である。
恐らくローラルにこの事を言えば、怒鳴られることだろう。最悪、軍の教育プログラムをもう一度受けろとまで言われる。これはローラルなりに軍の元帥として厳しく在ろうとしているからだろう。ローラルなりの優しさだ。
「まあ、誰にでも秘密はあるよね……。分かった。問い詰めてごめんね?」
「いや、話せなかった俺が悪いんだ、気にしないでくれ。」
ライルはアリスの話す口調が途端に重くなったのに気づいていたが、指摘しないことにした。
それから数分。二人の間には会話が無かった。それは二人に限った話ではなく、この待合室にいる受験生全体がそうであった。先程のロウェナのお節介を心に留めているのだろう。実際、今後そのようなことが起こらないとは限らないから。
重い雰囲気の待合室に一人の声が響く。学院生の声だ。
「さて、受験生の皆さん、二次試験が始まります。受験会場へ移動します。一次試験の合否についてもそちらで発表されます。では、付いてきてください。」
ライルは再び最後尾にいるが、一次試験の時とは異なっていることが幾つかある。
まずは、互いに威嚇のような行為が無くなったようだ。強い視線を浴びて、縮こまっている受験生がいたが、今は大丈夫のようだ。
次に横にいる受験生。アリスだ。何故か待合室で重い雰囲気になったが、今は気にした風でもなく、微笑んでいる。ライルにはそんなアリスの態度が分からなかった。
「女って分からないな……。」
「何か言った?」
「何も。」
そして、最後に明らかな視線。勿論、受験生からである。ライルを皆が見ているのだ。やはり原因はあれのようだ。ある意味ではライルは取り返しのつかないことをしたのかもしれない。
だが、視線を浴びせられるのはライルだけでは無かった。
(……私に対する視線もあるなー。ライルに注目が行くと思ったんだけど。)
ライルに加勢したアリスはその実力を見せつける事になった。一次試験でもアリスは大技を決めているため、それも原因なのだろう。少なくともアリスはライルを身代わりに注目を避けられると思っていたようだが、上手くいかなかったようだ。
数分もしない内に目的地となる学院の敷地にある森に着いた。森の入り口からはその全貌を見ることはできない。巨大な森である。更に奥の方は霧に包まれている。学院生が入るとしても五、六人で漸く入るのが許されるのではないのだろうか。
ライルと同じ第二待合室にいたグループが森に着いたのは最後だったようだ。受験生らの前に台があり、そこにロウェナが立っている。ライルは目が合った気がしたが気のせいだと自分に言い聞かせる。
「さて、受験生全員がここに集まりました。人数は一万人程度です。ですが、一次試験を突破できた生徒は、その半分でした。」
ここで一旦話を区切る。ライルとアリスは受験生の一万人数、そして一次試験突破者が五千人という事実に驚愕していた。ライルは軍に属ししているが、国についてはあまり詳しくない。覚えろと言われれば、ライルは覚えるが今までそのような任務が来たことは無い。
「今から待合室ごとに合格者を発表します。残念ながら不合格となった受験生の方は速やかに受験会場から退室して頂きます。この後には二次試験、三次試験と続いていますので、御協力下さい。」
ロウェナの話が終わると同時に担当の学院生達が生徒たちの前に立つ。
「第二待合室の受験生の皆さん、合格者を発表します。」
ライルとアリスはそちらへ耳を傾ける。呼ばれるのは合格者だけのようだ。先にアリスの名が呼ばれる。
「やった、合格だよ。」
アリスがこちらを向いてVサインを作る。
「良かったな。」
軽く返事をする。ライルの名前が呼ばれていないため、学院生の声も聞いている必要があるからだ。
「……最後にライル・オルゲンツ。これで第二待合室の受験生の皆さんの合格者発表は終了です。聞き取れなかった方はいますか。」
ライルも合格していたようだ。その前にはベルクの名前もあった。ライルの推測は正しかったようだ。
「いないようですね。では、すみませんが不合格者の方は速やかに退出をお願いします。」
ぞろぞろと不合格者が正門の方へと歩いて行く。泣いている者、励ましあう者、項垂れる者、言い訳をする者、愚痴を吐く者……様々だ。それだけこの魔法学院に入るのは、名誉な事なのだ。
「それでは合格者の方は自分と同じ待合室の方で二人ずつペアを組んで下さい。奇数人でペアがいない方はこちらへ集まって下さい。」
ロウェナと目が合う。ライルは目を逸らそうとしたが、ロウェナの眼光はそれを許さなかった。どうやらライルが余ると考えているらしい。それに気づいたライルは全力で視線を逸らした。
ライルの視線を逸らした先では、既に沢山のペアが完成しているようだ。ペアが出来た者は、一か所に集まっている為、嫌でも自分が余っているのが分かる。だが、ライルだけでなく、アリスもベルクも余っているようだった。
恐らく一次試験で高度な魔法を披露したからだろう。他の生徒にペアの相手としては避けられているようでもある。
「おい、ア……。」
ライルが仕方なくアリスに声を掛けようとした時だった。見計らったようにアリスがベルクに声を掛ける。
「ベルク……って言ったよね。私はアリス。私とペアになってくれない。」
ライルにはアリスとロウェナが同時に笑った気がした。
(アリスは分かっていてわざとだな……。)
ライルは溜息を吐いて、ロウェナの元へと歩いて行く。だが、途中でその足は止まる。近くにいた二人の声が聞こえたからだ。
「すまない、君は僕のペアとしては似合わないよ。僕のペアとなるなら……彼だね。」
ライルはベルクと目が合う。ベルクはその見た目から、恐らく身分の高い貴族だろうと分かる。更に精霊系の古魔法。旧家である。
「いや、俺は一人でいいから、アリスと組んでやってくれ。」
ライルはどこかベルクとペアを組んでいけない、そう勘が告げた。ライルにとってこの手の勘は、軍の任務でも大切にしている。今までも勘に救われた事があるからだ。
「それは僕が困るよ。すまないが、彼女は僕のペアとしては分相応だ。そして、ここには君という最適者がいるんだ。三人しか残されていないんだ。どうするのが最善か君達には分かるだろう?」
(この絶対なる自信は何処から湧いてくるものなのか。だが……確かにベルクの言う事は間違ってはいない。)
「アリス……どうする?」
ベルクによって埒外の扱いをされていたアリスに、ライルは問い掛ける。アリスは、返事をしない。その表情からは、ベルクの言葉に動揺しているのが窺える。
「……貴方達で最後よ? 他の子達も待っているわ。」
その様子を見て、ロウェナが声を掛けてくる。呆れているようだ。
「まあ、いいわ。じゃあ、貴方達はペア無しね。その分、試験は大変になるけど、文句は無しね。」
ベルクは踵を返す。その仕草からも高貴さが滲み出ている。ライルはアリスに声を掛けようとするが、言葉が出ない。そのまま、列に並ぶ。
「では、これから二次試験の説明を始めます。」
重い雰囲気の中、いよいよ二次試験が始まる────