入学試験 - 2 -
最初に呼ばれたのはアリスという受験生。名前通り性別は女であるが、手に持つMAADが珍しい。刀型である。太古の昔に東方地域で編み出されたのが由来とされる、刀はその意匠を賞賛され、非魔法師の中には刀を極めた者もいる。
MAADの形は使う当人が使いやすいものであり、それ以外に理由は存在しない。言うなれば、販売するMAADにデザインを凝らした結果なのである。形はただのお飾り。結局、MAADの差を決めるのは、その素材であり、素材の配分である。やはりミスリルなどの魔法鉱石を使用した方がMAADとしての能力は高い。
ライルは見極めというのは大袈裟ではあるが、他の受験生の力を知るのはこの上ない機会である。そこまで重要視している訳では無いが、見られるならば見ておこう、と判断した。
「まずはMAADによる魔法構築や発動後の魔法事象などを採点基準とします。尚、その採点は当学院の教授が行います。」
一つ目の試験は魔法構築の美しさと魔法事象の正確さを測るものである。魔法構築の美しさとは、魔法構築スピードやミスが無いかどうかなどである。
また、魔法事象の正確さとは、魔法を発動した後に起こる魔法の事象が構築した魔法式と同じものであるか、正確に魔法を行使しているか、魔法発動の弊害が発生していないか、などである。
簡単に言ってしまえば、正確に魔法を発動させる試験だ。簡単なようで実は難しい。魔法発動時に起こる弊害であるノイズや魔力漏れなどの現象は自分では自覚しづらい。意図せずそれらの現象を起こしているかもしれないのだ。分からないというのはそのまま恐怖に繋がるのである。
「では、始め!!」
案内をしていた学院生は審判を務めるようだ。この学院生がどれほどの実力者であるかは見ただけでは分からない。実力が無いのか、実力を隠しているのか、ただ見ただけでは分からない。見るだけであれば。
開始の合図と共にアリスはMAADを操作する。魔法を構築するまではMAADは完全思考操作が可能であり、MAADの起動、終了は脳内で考えるだけで可能なのだ。要はイメージ力が大切となる。
構築された魔法は雷系統の魔法であった。【雷撃】。初手から出し惜しみをしない、という事だろうか。その魔法は上級魔法である。学院の受験生のレベルで言えば、かなりの実力に該当する。
「なっ……!!」
流石に審判をしている学院生も面食らったようだ。本来、このような高度な魔法は最後まで取っておく。後々の試験で対戦形式で行われるものがある為、自分の手を晒すことになるからだ。
「これで大丈夫ですか?」
アリスは審判である学院生に問う。呆然としていた学院生は問い掛けによって目を覚ましたらしい。すぐに自身の責務を果たそうと声を出す。
「……だ、大丈夫です。席へお戻り下さい。」
どうにか声を絞り出した学院生はほっと溜息をついている。そんなペースで身体がもつのか心配ではあるが、耐えて欲しいものである。
「では次は……」
自分の試験を終えたアリスは観客席を見る。皆が広がって座っているため、あまり場所は無い。割り込んで座るのも悪いと思ったのだろうか。アリスは離れて座っていたライルの所へ行く。
「横……座っていい?」
「ああ、どうぞ。」
アリスはありがとう、と言うとライルの二つ隣の席に座った。わざわざ詰めて座ることもないので、これが普通だろう。ライルは何故か声を掛けなければならない気がした。普段であれば、そのような事はしないのだが。
「どうだった、試験は?」
「……簡単だった。」
別に会話を盛り上げようというつもりで話したのではない。故に途切れ途切れに話をすることになる。次はアリスから問い掛けがあった。
「貴方の名前は?」
話をしている相手の名前も知らないのは不自然とでも思ったのだろう。ライルは当然アリスの名を知っている。だが、アリスはライルの名前など知らない。
「ライルだ、ライル・オルゲンツ。」
「よろしく、ね。」
アリスは何かを考えているようだった。ライルはそれを横目で見つつ、試合を見ることにする。あまり話しすぎては前の受験生は怒り出しそうだ。既に睨み付けられているのだから。
この後の生徒は特筆すべき点も無かった。つまり平凡な才のものばかりであった。誰も彼も魔力操作が下手なのだ。MAADを使いながらも無駄な魔力が漏れ出しているため、低級な魔法でも魔力を浪費することになる。
次にライルが目を付けた生徒はベルクという生徒であった。この生徒もまた珍しいMAADであった。一時期とても流行っていた呪符型だ。これは古来から伝わる伝統的な魔法で使われる呪符をイメージして作られたものだ。古魔法復興運動と呼ばれる活動が活発であった数十年前まで人気だった。
「始め!」
滞りなく試験は開始される。ベルクは呪符を人差し指と中指で挟んで持つ。これは基本的な呪符型のMAADの持ち方である。指で挟む箇所に魔力が流れるようになっているのだ。
「【起動】……!!」
その魔法式詠唱に場が固まる。数十年前まで古魔法復興運動があったのだから、魔法師達の古魔法に対する知識もその時に深まっているのだ。この魔法式詠唱が分からない者はいない。
「あの受験生、強いね。」
「ああ。」
ライルもアリスの意見に全面的に賛成であった。ベルクが使った魔法は古魔法、その展開式だ。古魔法には魔法構築までに数段階のステップを踏む必要があり、それは現代魔法では省略されている。
古魔法は威力や効果を重視するため、そのような過程を重視するのだ。だが、古魔法はデメリットばかりでない。威力や効果が高いというメリットはあるが、それ以外にもメリットがあるのだ。展開式を使用すれば、魔法式を連続で発動することができるのだ。つまり、展開式を唱えていれば、後は光速に近い速度で魔法を次々と発動できるのだ。それ故に古魔法の使い手は強い。
「……」
一秒にも満たない間に何かを唱える。これも展開式の一種だろうか。更にベルクは指で挟んで持っていたMAADに魔力をこめる。次の瞬間、魔法は炸裂した。
「【精霊爆撃】か……。精霊系の古魔法師。」
「知ってるの?」
どうやらアリスは知らないようだ。ライルは軽く説明する。
「〈 精霊 〉というのは魔力とは別の、空気中に存在する非科学的エネルギーだ。古魔法師には幾つかの系統が存在するが、その中の〈 精霊系 〉と呼ばれる精霊を使った魔法を使用する者達がいる。」
「それがあの人?」
「ああ。」
ライルは軍の合同任務で精霊系の魔法師を見たことがあった。遠目でしか見ていないが、精霊を使った魔法というのはかなり強力だ。その魔法師は古魔法で緋の魔法師まで上り詰めている。およそ30位であった筈だ。
「有り難うございます。席へお戻りください。」
ベルクは自分が座っていた場所に戻った。少し人から離れている。仲の良い知り合いがいないのだろうか。後で話しかけてみるのも良いか、とライルは一人考えていた。
「次は……ライル・オルゲンツさんですね。こちらへお越し下さい。」
どうやら次はライルの番のようだ。静かにライルは立ち上がる。
「期待しているね。」
アリスの言葉に苦笑を浮かべる。どうやらアリスの中ではライルは強者認定されているらしい。恐らく待合室での事が原因だろうが。席を立ったライルに対して強烈な視線を浴びせるものが多数。その中にはこの国の貴族もいるのだろう。
世間では貴族制度は撤廃すべきだ、という世論に傾いているという。これは貴族が権力を持ち過ぎているという理由がある。貴族は外界での任務や軍への貢献など何らかの功績を立てなければなれないが、それも世代を重ねれば、自分が尊い存在だと勘違いをする者も出てくるのだ。全員が全員でもないが。
ライルは指定された場所に立つ。
「それでは、試験開始!!」
◇ ◇ ◇
ライルの試験が始まって20分が経過した。本来であれば、そのような時間が掛かる試験ではない。当然だ。魔法を使えば良いだけなのだから。
今、ライルの眼前には人が蹲っている。まだ戦闘意欲は喪失していないようだ。全ての始まりはライルが指定の場所に立つ直前であった。
妙な魔力反応を感じライルは足元を見た。正確には視線をそちらにずらした。顔は前を向いたままだ。
そこには魔法によるトラップが仕掛けられていた。いつの間にこんなものが仕掛けられていたのか。素早くライルはトラップを解除した。手を使うまでも無い。勿論、MAADも。
MAAD無しの魔法行使。【魔法式構築破棄】だ。この魔法に気付ける人はいない。仕掛けた張本人はトラップが発動しない事に驚くだろう。
ライルは既に解除済みのトラップの上を踏む。そして辺りを見回した。仕掛けられるのは受験生か審判の学院生。その中で反応があったのは一人だった。────そう、学院生。
「……くっ!」
学院生は背中に右手を回している。恐らくMAADを隠し持っているのだろう。首謀者は誰なのか、軍関係なのかそれとも別の組織なのか思考を回転させる。
学院生から魔力感知。ライルは危うげなく【反射】を使う。未だにMAADをズボンのポケットから出していない。
魔法が発動される。学院生の放った魔法────いや、これは。すぐさま自分を囲うように【反射】を貼り直す。魔法は反射され、術者の元へ。魔法を発動したのは、受験生だった。もう一人か。
自分の放った魔法を真正面から受けた受験生は気絶した。気絶効果のある魔法を放ったようだ。そちらは見ない。今考えるべきは目の前の学院生である。
下手に学がある分、どのような戦術を使うかが予測できない。更にライルは二人目の伏兵がいないかどうかを視ている。今のところ動きはない。受験生達も異常事態に動けないようだ。
学院生は隙間なく魔法を発動させてゆく。中々の実力者だ。洗練されている。だが、所詮は学院生。連続して発動させる魔法には徐々に勢いが無くなっている。魔力が足りなくなっているのだろう。
「これで終わりですか?」
首謀者を割り出すキッカケを見つけようと、ライルは学院生を挑発する。だが、簡単には挑発に乗らない。魔法師戦も訓練しているのだろう。
何も言わないのであれば仕方が無い。ライルから攻撃を仕掛ける。初級魔法。【火矢】。
「……五千本です。貴方が逃げる隙はありません。」
燃え盛る火矢の隙間から見える学院生。中の温度は徐々に増しているはずだ。火がこれだけあるのだから。
「手を挙げてMAADを地面に置いて下さい。」
降伏を呼び掛ける。学院生は大人しく従ったようだ。MAADを置こうと屈む────
ライルは咄嗟に飛び上がる。魔法無しのただのジャンプだ。それだけでもこの【破砕】は避けれる。学院生は土系統の中級魔法を発動したのだ。この魔法は手に触れたものを破壊する。今、破壊したのは訓練室の地面。簡易的な地割れを起こしたのだ。
「無駄ですよ。」
ライルは一本の【火矢】を学院生の右手に掠める。
「うっ!」
痛みにMAADを放してしまう。その手の訓練はしていないのだろう。これは軍で訓練する内容だから我慢できないのは仕方ない事なのだが。
しかし、そこからの切り替えが早かった。思わずライルは息を呑む。
「流石、ですね。まさかMAADをもう一つ持っているとは。」
ライルの約一万本の【火矢】は、学院生の水系統特級魔法【大渦】によって全て地に落ちた。その渦はライルも襲おうと迫ってくる。切り札なのだろう。
「ですが……無駄と言いましたよ?」
この魔法もライルには効果がない。次の瞬間にはライルの【魔法式構築破棄】によって霧散する。水飛沫がライルと学院生に降り掛かる。
「【感電】。」
受験生側から声が聞こえる。と同時に起き上がろうとしていた受験生が倒れる。アリスだろう。
「こちらも」
ライルが手を翳すと学院生は倒れた。雷系統の上級魔法【肉体麻痺】。この魔法はMAADに触れていない場合、魔法を発動しなければ麻痺が解除されるまで、無抵抗の状態になる。
まだ戦意を喪失していないようだが、勝負は既に決している。そう考えながらも何かおかしいと思うライルであった。