入学試験 - 1 -
転移魔方陣で首都を訪れたライル。入学試験まではまだ時間が長いため、久々に訪れた首都を見て回ることにした。
「懐かしいな……。」
ライルが前回首都を訪れたのは五年前。内界での任務の際だ。その時は時間的な事情もあり、ゆっくりと観光ができなかった。今回は前回のリベンジがてら観光をすることにする。
五年も経てば、街の風景は一変する。通りの賑わいは変わらずとも、商業の中心である首都だ。常に流行が移りゆく。
「そこの兄ちゃん!鳥串どうだい?」
鳥串とやらを見たことの無いライルは、自然と引き寄せられる。どうやら鳥の串焼きのようだ。
「何の鳥ですか?」
「リューベに生息している舞鳥という鳥だよ。香ばしいだろう? 焼くとこんな香りがするのさ。」
初めて聞いた名前だったが、内界と言っても広い。まだまだ知らない事があるのだ、と考えつつ、二本ほど買うことにする。
「毎度ありぃ!」
店主の暖かい笑顔に見送られる。たまにはこんな食べ歩きも良いのだろう。二本と言えども量は少ない。すぐに食べ終わったライルは他の店を見てみる事にした。
「ホカホカの白芋はどうだい? 美味しいよ~!」
「甘い甘いアーバスの林檎の水飴だよ! 一つどうだい!」
様々な食べ物の香りに食欲が湧くライル。だが、ライルはとある人を見つけた。近くにあったゴミ箱に串を捨てると、早足になる。
ライルの目の前で一人の男と女がぶつかる。
「きゃあ!」「すみません……」
その様子をライルは見逃さなかった。瞬時に魔法式を構築する。
「……【疾走】、【跳躍】。」
どちらも初級魔法の風系統魔法だ。【疾走】は、数秒の間だけ動きが速くなる。【跳躍】は、一時的に跳躍力を倍増させる。
二つの魔法で男の方に駆け寄る。突然現れたライルの姿に男は驚いた。隙を見せた男の膝を蹴ると、男は転けた。走りに自信があるだけのようだ。身体能力はさほど高くない。男のズボンのポケットからICカードが現れる。
「すみません、そこの方。」
続いて女性を呼び掛ける。辺りが騒ぎになった為に女性もこちらを向いていた。その女性にICカードを渡す。
「これはあなたのカードではないですか?」
「……! そうです!」
「気を付けて下さいね。」
巡回兵が来たのを視界の端で捉えると、ライルは言った。巡回兵に軽く説明をする。時間を取られるのを防ぐ為に自分のICカードを見せて、身分を小声で明かす。
「なっ……! そ、そうでしたか……。後はこちらで引き取ります。ご協力ありがとうございました。」
「いえ……。」
ライルは面倒に巻き込まれる前にその場を立ち去る。暫くして通りは元通りの賑わいを見せる。ただ、数人を除けば。
「……魔法師だぜ、さっきのあいつ。」
「良い子ぶった偽善者め。」
非魔法師の中には、魔法師と友好関係を結びたくない派閥が存在する。これはバックに大きな組織がついているために規模が徐々に大きくなっているが、騒動が激しくなれば、軍が沈静のために出動する事になるだろう。
少々の気分の悪さと引き換えにその場を離れる。
◇ ◇ ◇
小さな事件はあったが、その後は何も無く時間が過ぎる。その間、ライルは街中を見て回った。ライルが特に目を付けたのは、MAADである。
ライルのMAAD【虚無】に使われているエンシェントメタルは、つい最近発見されたものだ。首都ではどれほどのMAADにエンシェントメタルが施されているのか、軽くサーチをしておく。
結果は全くと言っても良いほどに使われていなかった。恐らくローラルは他国から融通してもらったのだろう。ライルはその産地を知らない為にこのようなサーチが必要としたのだ。
後悔するならローラルに聞いておけば良かった、と思うライルであった。
入学試験の受付が始まるまで残り数分。首都を半分ほど見て回った所で残りはお預けのようだ。まあ、合格すれば時間など幾らあっても足りないのだろうが。
ライルは踵を返して、進んでいた方向とは逆向きに戻る。既に魔法学院は見ている。五十年前に建てられただけあって、建物の建築様式は古いものだった。しかし、魔法的な作用があるのだろう、建物は古くなかった。
「よし、ここだな。」
他にも受験生と思わしき人が複数人入っている。どうやら受付は始まったようだ。ライルも建物内に入る。
先に入った人を見ていると、機械にICカードを通している。どうやら受付は全て機械で行われるようだ。空いている機械の前に立つ。
指示に従って個人情報を入力する。親の名前を記述する箇所があったが、迷った挙句、ローラルの名前を入力する事にする。
『受付は全て終了しました。第二待合室でお待ち下さい。』
電子案内板が指す方角に沿って、階段を登り廊下を進む。廊下を一番奥まで進んだ先に第二待合室はあった。中に入る。
中には数人の人がいた。ライルが入ると同時にライルに対して強烈な視線を浴びせられる。その視線はお世辞にも好ましいものばかりではない。入る人、入る人にそのような視線を浴びせるのだろうか。メリットを感じられないが。
ライルは入口に近い席へと腰を下ろす。これから試験が開始するまでの時間、再び暇となってしまったが、何もする事はない。自然と明日の任務について考えていた。
元帥の言ったリミエラで起こった怪奇事象。近くには魔物もいなかった、という。似たようなケースはある。その際は必ず近くに魔物がいた。大体が捕食されたのだ。だが、消えてしまったのだ。恐らく魔物か人間による策略だろう。
近年、魔物が罠などを仕掛けるといったケースが増えている。もうやら魔物も時代に連れて、学習をしているようなのだ。未来の魔法師に重荷を背負わせるのではないかと危惧されている。
まあ、それは良いとしても、事件が解決しなければ任務は終わらない。粗方、近くの散策から始めるだろうが、それを続けてもいつ終わることやら。リミエラの例の部隊と話す必要もあるだろう。
ライルの脳内では明日からの予定が組み立てつつあった。もう少しで組み立て終わるかどうかという時に邪魔は入った。面倒な事だ。
「……何ですか?」
目の前の机に刺さる短剣型MAADを見て、ライルは問い掛ける。そこに恐怖は見られない。MAAD自体に殺傷能力は皆無なのだ。切り傷ぐらいは出来るだろうが、研がれていない刃はろくな傷も付けない。
「ウザイなぁ……その目。」
「目……ですか?」
ライルは目つきが悪い、と言われた事は無い。至って普通である。だが、それがこの人には気に食わなかったようだ。
「さっさと消えてくれ、邪魔なんだよ、お前みたいな雑魚が来るとこじゃねえんだよっ!」
短剣型MAADを机から抜くと、それを一気に首元へと持ってくる。動きは遅い。全くもって無駄ばかり。どこからそんな自信が湧くのか分からないが、無視するのも一苦労なのだろう。ここは乗るとしよう。
何処かで息を呑む声が聞こえた。誰も間には入らない。それだけの思考をライルは首元にMAADが近付く間に考える。ライルにそれだけの隙を見せる事自体が既に勝てない、と言っているようなものなのだ。
ライルは人差し指を立てると、迫ってきたMAADを止める。指は薄い魔力で覆われている。幾らMAADに魔力を込めようとも、刃先がライルの指元に触れた時点で魔力は霧散するだろう。
「なっ……!」
男のMAADは新品。どうやら入学試験の為に用意した品のようだ。まあ、ライルもであるが。貴族かもしれない。
だが、空の魔法師であるライルに貴族かどうかなど関係ない。ライルを制限するものは無いのだ。それだけにランキング一桁台の魔法師は貴重な存在なのである。元首の元、軍の元にライルの身は保護される。
「【無音】。」
ライルの周囲を薄い魔力の膜が覆う。この膜の内外では互いに音が聞こえない。男の声は聞こえなくなった。
「これで静かになったな。」
ライルほどになれば、男の唇の動きで何を言っているのかは分かる。だが、見ない。思考が遮られるからだ。無駄なことは省こう。この一瞬でライルはその結論に行き着いた。
ライルの人差し指は未だ男のMAADから離れていない。つまり男は魔法をMAADを介して発動することが出来ず、攻撃しようにも攻撃出来ない状況となっている。
「……!!」
何かを言っているようだ。だがライルには聞こえない。とうとう堪忍袋の緒が切れた男はMAADから手を離す。攻撃手段は素手。殴り掛かってきたのだ。相手が素人であれば、殴り掛かるのも悪くないだろう。だが、相手が悪かった。
攻撃を仕掛ける男の拳を受け流して、そのままの勢いで背負投げ。仕上げとばかりに関節技を決める。見事に関節技を決められた男は身動きが取れなくなった。
ライルは部屋の前方上側を見る。そこには監視カメラ。恐らくこの状況も監視しているのだろう。だが、学院側を手を出さなかった。上手い手だ。この時点で試験は始まっている。選別の材料としていたのだろう。
ライルが関節技を決めるかどうかのタイミングで、部屋に警備員が入って来た。男を警備員に引き渡す。自分は何もしていない、だの何だのと喚き散らすが、全ては監視カメラによって知られていたのだ。確認していなかったのが運の尽きである。
一悶着ありながらもその後は何も無かった。首都でのスリと言い、不良と言い、首都では何が起こっているのだろうか、ライルの中で小さな疑問が生まれる。その疑問は誰に聞いても答えは出ないだろう。だからもどかしい。
『それでは本学院の入学試験を開始致します。案内役の生徒に従って、所定の部屋に入って下さい。』
放送が流れると同時に部屋に男子生徒が入って来た。制服を来ているからそうなのだろう。
「移動します。受験者の皆さんはついて来て下さい。」
席に座っていた受験者達は一斉に男子生徒の元に集まる。全員が揃ったのを確認するした男子生徒は案内します、と言って進み始めた。
ライルは集団の最後尾にいる。その理由を挙げるとすれば、学院で勉学を共にするかもしれない未来の学友がどのような者を見極めるためである。ライルが一度見渡した限りでは、数人程度だが実力者がいるようだ。
先程のいざこざもあり、あまり雰囲気が良いとは言い難いこの集団は目的地である場所に着いた。学院の訓練室で入学試験は行われる。入学試験に学力判定は存在しない。この学院に入る生徒の目標は魔法師であり、実力の無いものは魔法師の資格は得られない。
入学試験の合否は、その者の人生を左右する。また、学院に入ってからも四単位以上を落とすと、退学処分とされる。その為、学院に入る生徒は余程の秀才でもない限り、勤勉なのである。
「皆さん、後方の観覧席まで下がって下さい。試験は一人ずつ行います。」
男子生徒の指示に従い、受験生の集団は観覧席に自由に座る。あまり離れすぎるのも周囲から浮くため、ライルは人が多い辺りの一番後ろの席を取る。ここなら見渡しも良さそうだ。
「それでは、試験を始めます。」
いよいよ、試験は開始するのであった。