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早朝の訓練

 翌日。ライルは入学試験に備えて、早くから起きていた。……という訳でもなく、ライルはいつも朝が早い。


「……入学試験、か。」


 カレンダーに書かれた『入学試験』という文字を見ると、自然と心が憂鬱となる。これでは外界の方が気が楽だと言っているようなものだ。


 気持ちを切り替えようと、コーヒーを淹れて飲む。既に日課となりつつある、この朝のコーヒーはいつの間にか辞められなくなっていた。それだけ軍というものは疲労が溜まる職業なのである。


 コーヒー豆の原産地などは特に気にしていない為、ローラルがこれが良い、と言った豆をそのまま使っている。自覚は無いが、意外と高価な豆なのである。元々コーヒー豆自体も大量生産には、大規模な農場が必要となる為、土地が限られた内界では高価な品なのである。


 起床をしたものの、任務も無いために朝は用事がない。どうしたものか、と考えて訓練に行く事にする。


 軍寮の地下一階。そこは兵士用の訓練室となっている。沢山の兵士の訓練をする為に訓練室の数は多い。だが、早朝にはあまり使われていないのが事実だ。任務の無い兵士の朝は遅い。


 エレベーターに乗ると、何処の階にも止まることなく地下一階に着いた。


「……誰か使っているのか?」


 既に先客がいたようだ。暇潰しがてらにライルは、その訓練室に入る事にした。遠くから見ているだけならば、何も言われないだろう。


 訓練室の構造は平面のみ。見物用にはなっていない。これは訓練をしている兵士の緊張を解くためであり、同時に広さを確保するという目的もある。


「……ハッ!」


 研ぎ澄まされた掛け声と、同時に剣を振るう音が聞こえる。どうやら自主練習のようだ。遠くからでは誰が練習をしているのかは分からないが、それでもその剣技は実力者である事を伺わせる。


「……誰だ?」


 気配をなるべく殺していたライルだったが、どうやら見つかったようだ。それからも手練である事が分かる。ライルは伊達にスカイの九位を半年もしていない。


「……ライル・オルゲンツです。」


 自分の名前を明かす。顔を見るよりも名前を言った方が早い、と判断したためである。任務の際においては、装備などを着ける場合があり、相手の顔を知らない場合もある。名前で言えば確実なのである。


 だが、ライルは掛けられた口調に聞き覚えがあった。


「ああ、ライルか。」


「……リエルグ?」


 相手は頷く。どうやらリエルグであったようだ。ライルは小走りに駆け寄る。リエルグは傍から見ても汗をかいている。どうやら長い事鍛錬をしていたようだ。


「邪魔をしたか?」


「いや、丁度休憩をしようと思っていた所だ。その時に微かに気配を感じたからな。」


 ライルは心の内で気配を殺す技術が未熟であったと反省する。他者の判断を一笑せず、聞き入れることこそが強くなる秘訣である、と考えなのだ。実際、それがライルを強くした理由に繋がっているのである。そこに自惚れはない。


「久しぶりだな、リエルグ。」


 リエルグは17歳。数少ないライルとの同年代である。そういう経緯もあり、ライルとリエルグは仲が良い。ライルはリエルグの次の年に教育プログラムを合格している。


「昨日まで任務だったんだ。帰ってそのまま寝たから、昨日は部屋の外に出ていなかったんだ。」


 ライルは改めてリエルグの真面目さに感心する。普通であれば、帰還した翌日に自主訓練を開始するほど、魔法師の身体は強くないのだ。軍属であるため、鍛えているのは鍛えているが、それでも傭兵と比較すれば、まだまだひ弱なのだ。


「ああ、それとランキングが上昇したな。」


 そう言うリエルグの顔は嬉しそうだ。どうやらランキングが上がるだろうという予想はしていたらしい。リエルグのつい最近のランキングは49位。緋の魔法師スカーレットマジシャンである。


「何位になった?」


 そう聞くライルの顔も嬉しそうである。やはり友人の功績はライルとしても嬉しいものなのだろう。途中でランキングを追い抜かしたライルとしては、差が縮まることは気が楽になる、という理由もあったのかもしれない。


「……28位だ!」


 ランキング二桁台になって、20位も上昇するのは只事ではない。ライルは思わず聞き返した。


「本当か!?」


 外界の哨戒任務では、そこまでランキングが上昇することは無い。つまり中規模・大規模な討伐任務で活躍した、と言う事になる。


「ああ、Sレートの討伐に成功したんだ。バディで、だがな。」


「だが、功績は認められたんだろ? 良かったじゃないか。早く追い付いてくれよ? 同じ穴の狢になってもらうからな。」


「ははは……」


 リエルグは苦笑した。リエルグにもライルと同じような冷たい視線は浴びせられるのだ。その理由はやはり嫉妬の類い。若干17歳にして、功績の多さは将来有望である証拠なのだ。


 因みにリエルグはライルと同じの大佐である。年齢も関係しているため、それ以上の位につかせられない、というのが現状である。ローラルはライルとリエルグを将官にしようと、四苦八苦しているとか、どうとか。


「ライルは暇か? 聞くまでもなさそうだが。」


「勿論、暇さ。俺も試したい事があってな。」


 そう言ってライルは腰のMAADを引き抜く。新しいMAADだ。


「それは……? ライルのMAADは短剣型だったよな?」


「ああ、元帥から貰ったんだ。今日は入学試験だからな。」


 ライルは苦笑する。目の前のリエルグは学院には行っていない。それは将来を有望されているからもいうのが建前であり、正確にはリエルグの引き取り手である将官が、学院に行かせるのを渋ったのが本当の理由であった。


「名前は? もう付けたのか?」


 MAADと呼んでいては区別の使用が無いため、名前を付ける。至極当然の行為だろう。


 ライルの短剣型のMAADは、ライルが討伐したSSレートの魔物〈 深淵の鬼神(アビス・デーモン) 〉の角を素材としている。魔力の圧縮率が高かった為、貴重な素材となった。そこから【鬼呪(キジュ)】と名付けた。闇系統を得意とする。


「ああ、剣自体が白いからな、そこから【虚無(タルタロス)】って名付けた。」


「相変わらずライルのセンスは分からないよ。」


 リエルグは苦笑する。リエルグのMAADは二挺拳銃型。名前は【竜騎兵(ドラグーン)】。これは実際に竜=火を噴くもの、という定義に基づいて、銃を使う者をそう表したのが始まりである。


「リエルグも安直じゃないか。」


 こうした背景を知っているライルは、リエルグのMAADについても指摘した。


「まあ、どちらもセンスが無いってことだな。」


 リエルグの反撃にぐうの音も出ないライルは、大人しくMAADを構える。【鬼呪】とは勝手が違う【虚無】に少し違和感を覚えるが、仕方ない事だと割り切る。


「まずはこちらから。」


 リエルグは先手を取った。開始と同時に【竜騎兵】による連射。連射となれば反動などで命中率が下がりやすいが、リエルグの銃弾は全てがライルに向いている。


「……【物理障壁(プロテクション)】。」


 これぐらいの魔法であれば、中級魔法の【物理障壁(プロテクション)】で防御可能。MAADを使う必要も無い。


「流石の技術だな。魔法式を即座に構成するか。」


 ライルが魔法を発動するまでに掛ける時間は、僅かコンマ数秒程度。これがライルの強さの一つである。MAADよりも早いのだ。


「それで終わりか?」


 ライルはリエルグを挑発する。まだ準備運動ですらない、そう言いだけなライルにリエルグは笑う。


「ランキング28位を嘗めないで欲しいな。【銃弾血桜(バレットブルーム)】。」


 リエルグの十八番だ。上級魔法。これはリエルグ独自の魔法であり、【竜騎兵】だからこそ使える魔法。高速移動と共に放たれる魔力が付与された銃弾は全方位から。魔物の血が飛び散る様からそう名付けられた。


「通用するとでも? 【反射(リフレクション)】。」


 またしてもMAADを使わない。上級魔法。対象の魔法攻撃を指定した方向に弾く魔法だ。つまり全方位から放たれた銃弾は、凝縮された魔力がリエルグに向かうのだ。魔力の抜けた銃弾は地面に落ちている。


「ライルこそ。じゃあ俺も。【反射(リフレクション)】。」


 同じ魔法で返す。理論上では不可能でない技術だが、難易度が高い。リエルグだからこそ出来る技である。


「おふざけか? 【反射倍加リフレクション・ダブル】。」


 上級魔法の【倍加(ダブル)】。魔法式に魔法式を付属させる形で発動させる。付属させた元の魔法は、文字通り威力が倍加される。


「もうそろそろ飽きたよ? 【置換式誘導爆破リプレイス・エクスプロード】。」


 災害級魔法。上級魔法の上位に位置する魔法である災害級魔法。その中身は都市を複数破壊可能の魔法である。【置換式誘導爆破リブレイス・エクスプロード】は、魔法を全て魔力に変換し、それをそのまま利用する形で発動できる。更に爆破座標を指定可能であり、術者は一切の魔力を必要とせずにカウンターを決めることが出来る。


 この場合、指定座標はライルが立つ地点だ。これを浴びれば、体の部位一つ残らず消え去るだろう。だが、魔法は発動する前に消え去った。


「魔法を発動することさえ、許してくれないとはね。【魔法式構築破棄(ディストレーション)】。見事だよ。」


 ライルは一歩足りとも動いていなかった。ライルが他の魔法師とは異なる所以は【魔法式構築破棄(ディストレーション)】が使えるからだ。これは極位魔法に位置し、その中でも特に異質な魔法。本来、魔法を消し去る魔法など存在しないからだ。


 ライルはこの魔法を独自に開発した。正確には見つけ出した、と言った方が正確なのだろうか。過去の文献────それも数千年前、魔物の出現が確認された初期の頃の魔法。いわゆる〈 原初魔法 〉を現代魔法として蘇らせさせたのだ。


 原初魔法はその名の通り、始まりの魔法を意味する。魔法が振り分けられた系統。現代魔法は、それを魔法師が扱いやすい形で魔法式によって構築し直したものである。


 だが、原初魔法には魔法式を必要としない。魔法情報をリアルタイムで書き換えることにより、魔法の形質を変換させるのだ。これは系統すらも超える事を可能とする。


 リエルグは座り込んだ。魔力を消費したようだ。ライルも魔力を消費しているが魔法総量が元々多い為、軽い疲労のみだ。


「やっぱりライルには勝てないなー。」


 そう言うリエルグの顔はすっきりとしている。何かとストレスも溜まるのだろうか、それを発散出来たのだろう。


「入学試験、頑張ってね。」


 リエルグの瞳からは感情を読み取れない。心の内で何を考えているのだろうか。ライルはどうしても知りたくなった。だが、尋ねるのはプライバシーに反するだろう。既のところで思い止まる。


 それから数分間。訓練室の使用中のランプは消えなかった。


 ◇ ◇ ◇


 部屋に戻ったライルはシャワーを浴び、服装を整えた。流石に軍服は目立つだろうと考えたからだ。数少ない私服に腕を通す。


「ああ、朝食を取っていなかった。」


 朝の訓練で忘れていたが、ライルは朝食を取っていなかった。朝食を取るために食堂を訪れる。それでも朝の六時。まだまだ人は少なかった。時間を掛けずに食べ終わる。


「さあ、行くか。」


 もう一度部屋に戻り、忘れ物が無いことを確認すると、ライルは気持ちを切り替えるために口に出した。ローラルの部屋に挨拶に行こうかとも考えたが、長くなりそうなので辞めておく。


 この時代、魔法学院がある首都まで行くのに車は使わない。使っても良いが、時間が掛かってしまう上に間に合わない。ここは転移魔方陣を使った方が良いだろう、と考える。


 転移魔方陣は街に最低一つはある、現代の移動手段である。つまりテレポート。【転移(テレポート)】を使うのは、魔力を必要とする為、転移魔方陣を使った方が良いのである。


 軍寮の一階にある転移魔方陣を訪れる。そこには見張りの兵士が一人。自分の身分を明かし、転移許可を貰う。と言っても、書類に名前と身分を書くだけだが。


 転移自体は一瞬だ。目的地を告げると、目的地にある転移魔方陣までテレポートするだけだ。勿論、そこに転移魔方陣が無ければ、テレポートは発動しない。だが、そんな事故もなく、テレポートは作動した。


 ライルは光に包まれ、目的地へと誘われる。アーバス国立魔法学院。ここからライルを巻き込む動乱が始まるのであった。

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