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魔法師

 ライルは軍寮に戻ると、MAADを手に元帥室へ。その腰に携える異様な魔力を発する長剣に人々は目を丸くする。何事か、とMAADを構える兵までいたほどだ。


 そんな事は露知らず。ライルは元帥室の前に立っている兵士に声を掛ける。


「お待ちしておりました。」


 どうやらローラルはライルの行動を予測していたらしい。相変わらずの洞察力にライルは苦笑を禁じ得なかった。


「ノックはしなくても大丈夫ですよ。」


 ノックをしようと腕を上げたライルに声を掛ける。すると扉は向こう側から開かれた。


「ああ、ライルか。やはり来たな。」


 そう言うローラルの顔は笑っていた。予想通り、だと言わんばかりに。ライルは隠す事もなく、溜息をついた。


「何なんですか、これは。」


 腰にあるMAADの柄を軽く叩きながら尋ねる。


「分かるだろう?その魔力。ライルと言えども簡単には使いこなせるまい。」


 再度、ローラルは笑う。どうやらこのMAADにも色々とギミックが搭載されているようだ。お楽しみ、という事だ。


「ライル専用のMAADだからな。恐らく他の物は使えないだろう。……まあ、取り敢えずは部屋に入れ。」


 ローラルは中の様子を確認すると、ライルを中に入れる。入ろうとした、ライルは先客を見ると足を止めた。


「私の事なら気にしなくても大丈夫だ。ローラルとは旧友でね。」


「ライルのMAADの事も知ってるぞ。」


 ローラルは言葉を付け足す。どうやら軍関係ではあるようだ。だが、見た事の無い顔である。


「君がライル・オルゲンツだね。ローラルから話は聞いているよ。優秀だそうじゃないか。」


「いえ、まだまだ未熟です。」


 ライルが謙遜すると、ふふっと笑みを零す。


「あまりライルをからかわないでくれ、ロウェナ。」


 ロウェナと呼ばれた女性は名残惜しそうに分かった、と言う。分かってはいなさそうである。


「元帥……この方は?」


 今更ながらライルはローラルに尋ねる。どう見ても只者ではなさそうだが、聞いてみなくては何も分からない。


「ああ……ライルは知らないのか。こいつはロウェナ・マーグトス。明日、ライルが受ける〈 アーバス国立魔法学院 〉の学院長をしている。元中将だ。私とバディを組んでいた。」


 アーバス国立魔法学院。内界において存在している五つの国家で一、二を争う大国のアーバスにある魔法学院だ。魔法学院は各国に一つずつしかなく、その魔法学院の教授らは魔法師としても名高い者ばかりだ。


 さらにロウェナはアーバス国立魔法学院の学院長。学院長になるには相応の功績が必要となる。国家勲章も一つや二つではないのだろう。ましてやローラルのバディだ。ローラルはアーバスの軍内部でも他の追随を許さない実力者。ロウェナも実力者なのだろう。


「ああ、これは言ってないがロウェナは私の妹だ。」


 長い黒髪に年齢を感じさせないロウェナは現在30歳のようだ。つい最近、誕生日を迎えたらしい。ローラルは35歳だったはず。


「三十路……」


「……ライル君。何か言ったかな?」


 そう言うロウェナは鬼のような形相であった。いや、鬼だった。ロウェナが火系統の魔法を本気で放とうとしているのをローラルは必死に止める。


「頼む、ライル、辞めてくれ。」


「……はぁ。ロウェナさん、年齢はまだしも、外見はまだまだ若いですよ。」


「外見……?」


「いえ、若いです。」


 これ以上怒らせれば、軍本部自体が崩壊の危険性がある。どうにかそれだけは避けなければならなかった。


「そう?そうよね~」


 ライルの言葉にすっかり態度を変えたロウェナを見て、ライルは要注意人物にリストインさせる。触れたら火傷するそんな危険な存在である、と心の内で見なしていた。


「ライル君の持ってるのが、ローラルの言ったMAAD?」


「そうだ。任務先でライルがミスリルとエンシェントメタルを回収してきたからな。渡す宛も無いから、ライルのMAADにしたんだ。」


「ライル君はMAADを持ってなかったの?」


 ライルはロウェナの質問に首を振る。MAADを持っている事には持っているが、そちらも特注品であり、軍の任務に使うような討伐用のMAADは、学生が持ち込めるようなレベルのものではなかった。要は危険なのだ。ライルのMAADは殺人でさえ、いとも容易く行える。因みに短剣型MAADである。


「本来のMAADはどうしたんだ?」


「ここに持ってますよ。」


 軍服の右足体側部分に備え付けてあるポケットに収納している。それを滑らかに取り出す動作は、ロウェナを感心させるのには充分だった。


「動きに無駄が無いのね。」


「軍の教育プログラムを飛び級で合格するような奴だぞ?最初からこの水準に達していたぞ。」


「それは大袈裟です。」


 ライルは即座に否定するが、ローラルの口は閉じる事を知らなかった。更に言葉を続ける。


「大袈裟じゃないぞ? 三等兵になってすぐにレートBの魔物を数体討伐してたじゃないか、それも一人で。」


「あれは俺が不注意だっただけです。」


「はいはい、そこまで。」


 話に終止符を打ったのはロウェナであった。手を叩くことで二人の注目を集める。


「ローラル、そろそろ本題に入ってくれない?」


「あ、ああ……すっかり長くなったな。」


 いつの間にか30分経過していた。この後の予定がないライルには、大して気にすることでもないが、元帥であるローラルは忙しいのだろう。ローラルに耳を傾ける。


「先程はライルに嘘をついていたが、今ロウェナから任務の依頼があってな……。」


 ライルはロウェナを見やる。ごめんなさいね、とロウェナはライルに謝る。どうやらライル指定の依頼だったらしい。


「任務の内容は何ですか?」


 また嘘だったら、と頭に考えが過ぎるが二度はないだろうと否定する。ローラルの言葉を待つが、今回もローラルの口は重かった。


「また……嘘ではないですよね?」


 ローラルの口を開かせる為にライルは問い掛ける。


「あ、いや…MAADの件はすまなかった。だが、今回は本当の任務だ。その内容がな……。」


「私が言うわ。」


 内容を言わないローラルに呆れたロウェルは、代わりに言おうとする。だが、ローラルはそれを止めた。


「……いや、私が言おう。ライル、入学試験の翌日で疲れている中で悪いが、外界で討伐してもらいたい魔物がいる。」


 ◇ ◇ ◇


 ローラルは任務の内容を話し終えると、疲れた様子を見せて溜息をついた。


「まさか……こんな事があるとはな。」


 ローラルが語った任務内容はこうだ。


 外界で他国である〈 リミエラ 〉が内密に討伐しようとしていた魔物が、予想していた魔物とは別種であったらしい。レートCだったのが、レートAに。レートCであるという情報に基づき、組まれた編成であった為にレートAだと分かると一目散に逃げてきたらしい。


 だが、それだけでは終わらなかった。次はレートA討伐編成を組んで、中規模の部隊で行ったようだ。目標の魔物は討伐できたようだが、その後が問題であった。


 部隊の一人が消えたのだ。それは突然の事であった、と言う。どうやら一瞬目を離した隙に消え去っていた、と。


 残りの部隊の兵は、辺りに警戒しつつ探したようだが、半径1km圏内には魔物が一体もいなかったそうだ。


 世界統一で魔物に関する情報が記載された〈 魔物目録(データベース) 〉にはこのような状況を招く魔物はいない、とされている。新種かもしくは事故か。


 一先ずその部隊は帰還したようだが、リミエラの軍本部はそれを一大事と考えたようだ。そこで他の四カ国に向けて、支援を依頼したらしい。ロウェルは昨日までリミエラにいた関係で、いち早く情報を得たようだ。


「新種か事故……。判断に悩みますね。」


 ライルは自身の過去の戦闘を振り返るが、そのような事例は無い。大抵が近くに魔物がいた。魔物は人間を捕食する。人間の中にある魔力を吸収する為だ。特に軍に所属する魔法師の魔力は多い為、捕食対象となりやすい。


「捕食による変異種という可能性もありますが、魔物がいなくては話にもなりません。」


 ローラルは頷く。ローラル自身もロウェナから話を聞いて、そう考えたのだろう。


「部隊ですか?」


 ライルはローラルに尋ねた。基本としてライルは一人のスタイルを取っている。それは部隊における弱体化を恐れての事だ。部隊になると、人数が増える為、誰かが犠牲になるケースが多い。


「あぁ、流石に今回ばかりはライルと言えども何が起こるかは分からない。それに手短に終わらせないとな。」


 ローラルが言うのは、ライルの学院に対しての危惧だろう。流石に初日から休んでは元も子もない。


「そうね、それがいいわ。学院長の私でも教授を統制しきれ分からないもの。」


「それをするのが学院長だ。」


 ローラルはロウェルの身勝手な発言に頭を抱える。ローラルも若干、奔放な妹に手をこまねいているようだ。兄というものも大変なのだ。


「部隊はこちらで整えておく。それにライルは明後日、参加するという形で良いな?」


「了解しました。」


 ライルは頷く。まだ策も何も無いが、どうせ考えた所で何も無いだろう。そのまま部屋を後にする。


 ライルがいなくなった元帥室で。


「ロウェル、この事態をどう考える?」


 ローラルはロウェルの顔を見ずに問い掛ける。何かを考えている時、ローラルはいつも人の顔を見ない。どこか遠くを見ているようだ。その心の内ではライルの心配をしているのだろう。


「……そうね。恐らくただの事故ではない事は明らかね。」


 ロウェルはこれを何らかの魔物、もしくは策略であると考えている。只事ではないと。


「非魔法師がこれを聞けば、一層魔法師非難が酷くなりそうね。」


「それも懸念している。この後、元首に伝えるが、それでも何処かから話は漏れるだろう。軍も統制するつもりだ。」


 ローラルは何処かへ電話した。どうやら高位の軍官を呼び寄せているようだ。すぐに部隊を決めるようだ。ローラルもこの事態を重く見ている、という現れ。


「アーバスが誇る〈 スカイ 〉だが……どうしたものか。」


 空の魔法師(スカイウィザード)。全ての魔法師にはランキングが存在する。その順位に応じて、色が振り分けられている。


 魔法学院生などの、魔法師候補生(エクリュウィザード)

 ランキング六桁台、菫の魔法師ヴァイオレットウィザード

 ランキング五桁台、漆の魔法師(ラックウィザード)

 ランキング四桁台、碧の魔法師(エメラルドウィザード)

 ランキング三桁台、錫の魔法師(ティンウィザード)

 ランキング二桁台、緋の魔法師スカーレットウィザード

 ランキング一桁台、空の魔法師(スカイウィザード)


 そう、ライル・オルゲンツは世界でも九人しか存在していないランキング一桁台の魔法師の一人である。ランキングは八位。半年前にランキングの更新時に上がった。


 そんなスカイでもローラルの懸念は解消されないのであった。


 ◇ ◇ ◇


 ライルは部屋に戻り、支度をした。


「荷物はいらないだろう。MAADとカードで充分か。」


 この世界においてお金という動きを取られるものは手に持たない。技術の発展により、全てが電子マネーとなっている。魔法師・非魔法師の全ての人間が証明書となる、ICカードを持っている。


 入学試験は午後から行われる。昼食はあちらで取ろう。そう考えるライルは、どうやらローラルの思い描いたレールに乗っているようだ。


 これから始まる長い日々にライルを思いを馳せて溜息をつく。


「……内界も大変そうだ。」

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