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第12話 心の住人

 逸る気持ちを抑えつつ長良は走った。


 途中何人かの衛士と出合いそうになったが、建物の影に身を潜めてやり過ごした。


 空を見上げ、長良は月が雲に隠れていることに感謝した。同時に身を潜めるたびに衛士達の会話に耳をそばたてる。


(まだ捕まってはいないようだ)


 安堵と焦りが入り混じる。


 衛士達が通り過ぎたのを見計らい通りに一歩踏み出したが、すぐ立ち止った。目端に斜め先の植え込みから手が出ているのが映ったからだ。


 長良は心臓が止まりそうになるのを感じる。


 これは忘れもしない、間人と初めて出会ったあの時と同じだ。


(透き通るような腕の白さもあの時と同じ…)


 周りを見渡して誰もいないことを確かめると長良はその乱暴に扱うと砕けてしまいそうな白い手を掴み、植え込みの中から傷つかない様細心の注意を払って間人を引っ張り出す。


 これもあの時と同じだ。


「大丈夫か?」


 長良は間人を軽く揺さぶる。間人の姿は萩の話のような成人の姿ではなく、見慣れたいつもの少年の姿だった。顔にかかった髪をやさしく掻き揚げてやる。


(この赤い髪も初めはとても驚いたが、同時に綺麗とも感じたな)


 欲求にしたがってもう一度長良は間人の絹のような髪をすく。それで気づいたのか、うっすらと間人の紫色の瞳が開いた。だが今回間人の口から出た言葉は初めて出会った時に発した言葉、『畜生』ではなかった。


「ナガラ…」


 自分の名前を呼び、気のせいではなくしっかり微笑んでくれた。長良はそれに頷いて微笑み返す。同時にこの広い宮城で偶然にも間人に出会えた事を神に感謝した。


「はやくここから出よう」


 衛士がいつ現れるか分からない。長良は間人の首に萩から渡された琅かんをかけた。途端に間人の赤髪が黒色に変化する。


(これで衛士に見つかっても大丈夫だろう)


 彼らが探しているのは『赤い妖』なのだから、少年の姿で、その上黒髪の間人には捜索の手も及ばない。


 長良は間人をやさしく抱きかかえると、萩の待つ門へと駆けて行った。


 車に戻ると萩と一緒に正規もいた。長良を呼びに内裏へ来たものの、この騒ぎで取り次いでもらえず、困っていたところに萩と出会ったらしい。


「長良…間人! 無事だったのね!」


 間人を抱いた長良を見つけると萩は走り寄り、飛びついて間人ごと長良を抱いた。その後ろで正規が複雑そうな顔をしていた。


 正規が内裏まで乗ってきた車があるので萩とは途中で分かれた。間人は疲れからか、長良の暖かい体温で眠ってしまっていたのでどちらにしても話せないし、珍しく小春が一人で慌てて閑院に来たのに驚き、萩は取るものも取り敢えず出てきてしまった手前、早く戻った方がいいという事になったからだ。


 長良の屋敷に戻るや否や小春が飛び出してきた。ずっと心配して待っていたのだろう、間人の姿を認めると急に緊張の糸が解けたのか、しゃがみこんでしまった。


(間人は皆に愛されているのだな)


 長良は我事のように嬉しくなる。


「間人はこの通り大丈夫だ。心配かけたな」


「なにかお召し上がりになりますか?」


 小春は目端を袖で拭いながら尋ねた。 


「いや、今はいい。早く彼を床で休ませてやりたい。用意してくれるか?」


「わかりました」


 長良の願いに小春は素早く立ち上がり母屋へ向かう。


「なにか…急に小春は逞しくなった気がするが、何かあったのか」


 間人を抱きなおしつつ長良は後ろにいた正規に尋ねた。


「さあ、何故でしょう? 確かに、いつもの小春らしくない」


 正規もいつものまじめ顔に不思議顔を混ぜて小春の後姿を眼で追った。






 長良は小春が敷いた床に間人を寝かせ、正規が用意した湯で間人の体についた土泥を綺麗に拭ってやる。着物を綺麗に整え一息ついたころ、間人の瞳が再び開いた。


「間人」


 それに気づいた長良は優しく声を掛けた。間人は記憶がまだ混乱しているのか、忙しく瞳をさまよわせたが、見知った顔にたどり着き視線をそこで止めた。


「ナガラ」


 最近聞いていなかった、しかし一番聞きたかった声に長良は頷く。途端に間人は痛みを堪える表情をし、上半身を起き上がらせた。


「ナガラ、あの…」


「すまなかった」


 長良の謝罪に間人は普段でも大きな瞳をさらに見開く。


「私が早く龍気の手掛かりを見つけていれば良かったんだ。そうしたら間人にこんな無理をさせる必要もなかったのに」


 軽く長良は瞳を伏せたが、再びまだ目を丸くしている間人に真摯な眼差しを向けた。


「明日からにでもすぐに調べ始めるから、間人はとにかく安心して休んでいて欲しい。まあ、私も龍の事に詳しい訳ではないから萩殿や峰継、体調が良くなったら間人にも助けを求めると思うが、その時は頼む」


 頭を下げる長良に間人は慌てた。


「ま、待ってナガラ。その気持ちは嬉しいけれど」


「けれど?」


 長良は下げた頭をもとに戻す。


「…どうしてハシトに謝るの?」


「どうして…って、間人は早く龍気を取り戻したいのだろう? なかなか手がかりを見つけられない不甲斐ない私に業を煮やして宮中に自ら…」


 長良が全てを言い終わらない内に、間人は激しく頭をふる。


「ハシトはナガラが不甲斐ないとは、思ったことはない」


「間人?」


 間人はそっと長良へと近づいた。


「そんな事は一度も思ったことはないよ。いつも思っていたことは…」


 間人は何かを言葉にしようと思ったが、うまく伝える言葉が思いつかないらしい。暫く長良を見つめていたが、間人は長良へ顔を寄せ、そっと口付けた。


 長良は驚いて動けなかった。


「これは相手に好きだと確実に伝える手段なんだよ」


 間人は唇を離すと、そう言った。しかし何も言わず自分を見つめる長良に不安を感じてきた様だ。


「…もしかして、違うの?」


 恐る恐る聞く間人に、一瞬全身に嫉妬心が走るのを覚えた。誰がそんなことを間人に教えたのだろう? しかし、長良はすぐに軽い苦笑めいた笑みを浮かべた。誰が教えようとも、それを間人は自分にしてくれたのだ。同時に心の中で何かが外れる音がした。


「違わないよ」


 そう言うやいなや間人の両肩を掴み引き寄せると、今度は長良から口づけた。先程の間人の触れるだけのとは違い、深く深く、口を探るような甘い感覚を伴うものであった。そして出会った時から何度も美しいと思った髪に手を入れ、そのしなやかな感触を楽しむ。


「ナガラ…」


 合間に名前を呼ぶ掠れた声にも長良は愛しさをいっぱいに感じた。


(たぶん初めて間人を見た時からだな)


 もうその頃から心に間人はしっかり住み着いていたのだ。


 間人の吐息が熱を帯びる。多分自分のそれも同じだろう。長良は初めて自分の理性の声に耳をふさぎ間人の髪から頬、首筋、さらに下へ手をさまよわせる。間人は嫌がることなく長良にされるがまま、時折甘い声と共に軽く体をひくつかせる。


「これから間人に、もっと好きだって伝えたい」


 耳元でそう囁き、小さく頷く間人を長良はやさしく褥へ横たわらせた。



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