5.なろうエッセイ・批判系エッセイ(過去作は検索除外しているのでこちらから)
書店をあてもなく歩きながら、並べられた本をみて、つらつらと考える。
2019.08.15 全面的に改稿
今、この文章に目を通して頂いている方、初めましての方でしょうか? それとも既に見知った方でしょうか? まずはこのエッセイに興味をもっていただいたことにありがとうございますと、感謝の言葉を贈らせてもらいます。
――この題名からでは、何が言いたいのか伝わってこない、そんなエッセイですからね。目を通していただいたことに、本当に感謝しています。少し長いですが、最後までお付き合いいただければ、なんて思います。
さて、こんな題名のエッセイを書く位です。私はあてもなく書店の中を歩き回ったりすることもある人です。既に40を過ぎたおっさん世代ですが、高校生のころから既にそんな行動を取っていたと、そんな風に記憶しています。
自分が本屋さんで散財するようになったのは、今から25年位前、高校生だった頃でしょうか。あの頃は、街の至る所に小さな本屋さんがありました。
こういった小さな本屋さんで買う本って、主に雑誌なんですよね。こう、発売日にふらっと寄って、それだけ買って帰ってくるみたいな。きっとこんな人、結構いたんじゃないかななんて思います。
目的もなく足を運ぶのは、それなりに大きな本屋さん。こう、バイトの給料を握りしめて、惹かれた本を軽く読んでは手に取って、気が付けば大量の本を手にしていると、そんな感じでしょうか。
大体、月に数千円から多い時で三、四万円、ジャンルを問わず、読書欲の赴くままに買っていたと記憶しています。
当時普通にもらっていた本屋さんの手提げ紙袋、某知恵袋のサイトで質問に上がっているのを見かけました。「どうしたら貰えますか」みたいな感じで。実はアレ、レアアイテムだったのでしょうか。
言われてみれば、あんな一度に十数冊とかまとめ買いしないともらえないような袋、あまり本を読まない人には縁がないような気がします。ですが、履歴書の趣味の欄に「読書」と書く人も多い気がしますし、そんな珍しいものでもない気もしますし。一体どっちなんでしょうね。
……話がそれてしまいました。
当時はまだインターネットも出始めたばかりで、今ほど情報があふれかえっていた訳でもありません。今だとネットに転がっているようなネタ的なもの、うちの本棚に並んでいるようなものだと「非日常実用講座」だの「三国志新聞」とかも、本屋で買っていた時代ですね。あれはかなりバカな本でした。まあ、そんな本にも相当お金をかけてしまったのですが。
非日常実用講座は今でも好きで、「ジャンボジェットの飛ばし方」とか「ゴルゴ13の倒し方」、「埋蔵金の掘り当て方」という、題名だけでもバカバカしくなってくるような本を、今でも読み返したりしています。
ああそうそう、ラノベにも手を出したのもこの頃です。一番初めにのめりこんだのは冴木忍著「卵王子カイルロッドの苦難」かな。もう二度と手放せない、そんな風に思える良い作品だと思います。
それから今に至るまでに、本屋を取り巻く状況は様変わりしたように見えます。近くにあった小さな本屋さんは大体潰れて大型書店ばかりになりました。ラノベの棚は昔よりも広くなったのかな? 代わりにきっと他の何かが狭くなったのでしょう。……どこが狭くなったのか、ちょっとわからないのですが。
そんな風に、昔と今とでは、大きく様変わりしたように見えるのですが。でもね、こうも思うのです。
――本の売り方は、昔も今もほとんど変わっていないんじゃないかと。
ネットでたまに「宣伝とかされていない本が……」という言葉を見かけます。そうですね、特にweb小説界隈で言われていることでしょうか?
宣伝されてないような本は売れないだとか、ネットが宣伝媒体になって売れているとか。まあ、その言葉、そこまで間違っているとは思いません。実際、ベストセラーはTVCMとかも流されていますから。
でもね、定期的に本屋に通う人は、昔からいたと思います。多分、自分と同世代の活字人間は、定期的に本屋に行って、本屋の中で面白そうな本を探して買うみたいなことをずっとしてきてたし、今もしているのかなと。こういった層もまだまだいるのではないかなぁ、なんて思うのです。
本屋の中にある、その系列だけのランキング、店員さんの手作り感あふれるPOP、出版社から配布されたのであろうポスター、本に挟まれたチラシ、これらは、定期的に本屋さんに行く層に向けての宣伝でしょうか。
きっとそういった、現場の人間が行うようなこじんまりとした宣伝も、宣伝として十分に機能しているのでしょう。定期的に本屋さんに行く人たちは、そういった物を見て、お金を落としていくこともあるんだろうな、と。
私も本屋で消費する額は確実に減りました。その辺りはインターネットの普及もあれば、「小説家になろう」のようなweb小説投稿サイトで読むことが増えたのも一因でしょうか。ネタ探し、調べもの、ちょっとした娯楽、そう言った物を本屋に求めることが少なくなりました。
特に小説だと、web投稿サイトやツイッターで見かけた書籍を買う機会が増えて、代わりに「新人賞」と銘打ったような作品を買う事が少なくなったと、そう思います。
そこまで考えて、改めて、「小説家になろうで公開された作品を書籍化する」という流れを考えてみると、こんなことを思ってしまう訳です。
――「出版社や本屋は本当に、『web小説の書籍化作品』に『売れる』ことを求めているのか」と。
本屋も出版社も、出す本全てが売れる必要は無いのではないかと、そんな風に思うのです。再販制度というのは基本的にそんな仕組みじゃないか、と。
例えば、同じ価格の三種類の本があったとして、40冊、40冊、40冊と売れた場合と、100冊、10冊、10冊と売れた場合、どちらも売り上げは変わりません。これは本屋、出版社共に同じでしょう。
――そして、宣伝を打つのであれば、全てを等しく扱うよりも、どれか一つを大きく扱う方が、効果は大きいのです。
何種類の本を扱おうが、在庫の量はあまり変わりません。在庫管理の難易度は上がりますが、今はコンピュータという、便利な道具がありますからね。
web小説の書籍化作品って、何も宣伝を行わなくても本屋に客を呼び込めるものだと思います。そのレーベルの並んだ本棚に、読者の足を向けることができる、そんな作品かなと。
出版社や本屋にとって、なろう作品のうまみは、売上ではなくて宣伝効果ではないかと、そんなことを思う訳です。そして、その割を食ってるのが「新人賞作品」、要するに公募作品では無いかなと、そんな風に考えています。
新人賞って銘が打ってある作品を買う層ってどんな層でしょう。大々的に宣伝されないしランキングにも乗らない、しかも全く名の知られていない作者の書いた、そんな作品です。
帯に「何々賞受賞作」とか書かれてて、出版者が作ったであろうポスターか何かで軽く取り上げられているだけという作品を、どういった人が、どんな思いで、手に取るのでしょうか。
私はこう、なにか新しい作家と出会いたいような場合に手に取ってたかなぁと、そんな風に思います。そして、これこそが、本屋の中でひっそりと宣伝され、売れていた作品ではないかと、そんな風に感じるのです。
そうして手に取った、新しい作家さんの作品を読んで、そこに今までに無い何かを感じ取れれば、その人の作品を買い続けたくなります。
ただ、そこまで新しいものを求めているわけでは無くて、その作者ならではの世界とか人間とか、そういった、作者の色みたいなものを求めていたのかなぁと、今ではそんな風に思います。――これはまあ、自分で小説を執筆するようになって気付いたことでしょうか。
ネットでいろんな言葉を見かけるようになったせいでしょうか、最近、本屋さんに並んでいる、自分の知らない作品を見るたびに思うことがあります。
この本には、どれだけ作者の世界が込められているのだろう?
この本には、どれだけ作者の心が込められているのだろう?
この本には、どれだけ作者の伝えたいことが込められているのだろう?
作者が、自分の作品をより良くしたいと思っていることは、自分も作者ですからね、良く分かります。ですが、本当にそれが、「新しい本を世に送り出す」のに相応しい考え方か、疑問に思うような言葉も見かけるのです。
読者層が何々だから主人公はこうすべきだとか、こういったのが流行りだからとか、こういったものが売れているだとか、そんな言葉です。
今あるものを分析してそれに合わせようとする、それも間違いではないでしょう。でもね、そんな作品ばかり並べられた本棚に、手を伸ばしたくなるような魅力はあるのでしょうか。
本を売るって、そんな表現の幅を狭めないと出来ないことでしょうか。売ることばかりに囚われて、作者は物語に魂を込めることはできるのでしょうかと、そんなことを考えてしまいます。
――何よりも、そんな理由で似たような物語ばかりになってしまった本棚に、新しい読者を引き寄せるだけの力は本当にあるのかな、と。
本を売るのは商売です。お金を取る以上、決して売上をおろそかには出来ません。ですが、それは一冊の本で語るべきことなのか、疑問に思います。例えその本の売り上げが低くても、今までとは違う読者をとらえられば、全体の売上は上がるんじゃないかなと、そう思うのです。
いろんな物語が並べられ、気に入った本を手にする。そうして読んだ本が自分にとって面白い本だったとき、買ってよかったと心の底から思います。そうした本に出会えれば、次もまた、その作者の本を手に取ります。そういった人も、決して少なくないのではないかなぁと。
webには、本当にいろんな作品が満ち溢れています。人気作だけが全てではありません。埋もれた作品の中にも面白い作品はいくらでもあります。web小説の魅力には、そんな埋もれてしまった良作との出会いも含んだ、そんな魅力だと思います。
――そんな魅力を、本屋という場所に求めるのは間違いなのでしょうか?
紙の本には紙の本にしかない魅力があります。表紙、挿絵、そういった物と一体になって出る雰囲気だってあります。そういった本を手に取って買おうかな、どうしようかな、なんて悩むのも本屋の楽しみの一つです。WEBには無い、本屋ならではの出会いというのもきっとあると思うのです。
本屋をあてもなく歩いて、適当な本を手に取る、そういった行動を今でもします。そんな行動をとるのが好きなのでしょう。きっと、今後も続けていくのかな、なんて思います。
――この先も、本屋という場所が、新しい魅力に出会える場所でありますようにと願いを込めて。そうなれば良いなと、そんな風に思います。