盟友と過去
「それで実は君たちに大事なお願いがあるんじゃ」
「草薙山殿・・・何でもお申し付けください・・・」
「知っての通り、『ROOM』には戦闘班ともう一つ、情報班というものがある。その情報班の班長と2週間ほど前から連絡が取れんのじゃ」
「主音と・・・?」
貴夜美が口走った男の名は大國 主音〔おおくに しゅのん〕。情報班の班長である。
『ROOM』は戦闘班と情報班の2つのチームで構成されており、情報班の方が圧倒的に人数が多い。その名の通り、情報収集に特化した組織であり、メンバーは全員インターネット上でやり取りをする。その仕事の性質上、皆自宅で仕事をし、板橋に形だけの秘密基地があるのみである。
貴夜美によれば、情報班は比較的最近できたらしい。
「そうじゃ。しかも、連絡が取れなくなった2週間ほど前から政府の活動がますます活発になっておる。おそらく、何らかの形で事件に巻き込まれたのじゃろう……」
貴夜美と大國主音は高校の同級生で親友であった。『ROOM』に加入したのも同期である。
2人とも福島県で生まれ育ち、地元をこよなく愛していた。2人は大学を卒業し地元の中小企業に内定をもらい、社会人として新たな一歩を踏み出そうとしていた。
しかし、そんな2人を襲ったのが、2011年3月11日東日本大震災だった。
幸いにも津波による被害は免れたが、町から数十キロ離れたところにある福島第一原子力発電所のメルトダウン及び水素爆発により、町は立ち入り禁止区域に指定された。
あっという間に町から人が消えていった。貴夜美と主音に残ったのは、形だけの町とそこでの思い出の欠片だけだった。2人はこの町を捨てたくなかった。この町は自分たちを育んでくれた。母のような存在だったのだ。
秩序の無くなったその町には社会で行き場をなくした者たちが集まり、金目の物を探して町を荒らした。
そのような者たちを2人は必死に追い返した。殺されそうになることもあった。それでも必死に抵抗した。
そして、いつからか2人は不思議な力を使えるようになっていた。2人はそれを天から授けられた奇跡の力だと思った。その力を駆使して2人はますます戦った。思い出の町をこれ以上破壊されるわけにはいかなかった。2人には強い使命感を抱いていた。戦いは激しさを増し、報道こそされなかったものの、近隣の町からは貴夜美と主音は『狼』と『虎』と揶揄された。 だが、そんな戦いも長くは続かなかった。
気づけば貴夜美と主音の方が町に不法侵入し暴れまわっている者と政府から認識されていた。政府は警察を数百人規模で投入し、貴夜美と主音は抵抗したが最終的に町から追い出された。
貴夜美と主音はこの世の理不尽さに怒りを覚えた。自然、人、政府、全てが恨めしかった。
同時に町を守れなかったという喪失感が体中を襲った。生きる意味を無くした2人はフラフラと峠を彷徨い、気づけば断崖の吊り橋の上に来ていた。
下には川が流れている。2人は飛び込もうと思った。きっとこの川はあの町まで繋がっているはず。長い長い時間をかけていつの日かこの川が己の想いをあの町まで運んでくれるだろうと。
2人が吊り橋のロープに足をかけたその時だった。
ボンッ
突然、吊り橋の片側から凄まじい爆発音が聞こえた。ロープがビリビリと振動している。鼓膜がジンジンしている。
2人は吊り橋を渡りきったところに立つ1人の老人の姿を目にした。
老人は光の玉のようなものを貴夜美と主音に向けて飛ばした。
2人がそれに触れると体中に懐かしい音が響き渡った。空を滑るトンビの鳴き声、微かに聞こえる波のさざめき、口うるさい隣の家のおばさん、賑やかな商店街……。懐かしい日々。忘れられないあの町の思い出。
2人の目から涙が溢れた。あの町はもう無いに等しい。何もかも空っぽだ。だが、己を育んでくれたあの町は、確かに己の心の中に永遠に存在し続ける。あの町の心地よい喧騒はいつだって己の頭の中で奏でられている。
今ここで自分が死ねばあの町は永遠に消えてしまう。貴夜美と主音は吊り橋を一歩一歩しっかりと踏みしめるように渡った。
生きる意味がどうとかなんて、考えてみれば実にくだらない問題だった。
この世に生まれてきた時点で人はすでに生きる意味を持っている。たとえ自分では気づいてはいないとしても、誰もが何かに必要とされ何かを必要としている。そこは神の領域。人が生きる意味に悩むこと自体、不毛なことだ。大切なことはこの世に生まれ持った生を大切にすること。それも立派な生きる意味だ。
「あなたは・・・いったい・・・?」
「わしはただの通りすがりの老ぼれじゃ。君たち2人には未来を変える確かな目の輝きを感じる。わしはお前らのような人間を死なせたくない」
老人は貴夜美の左腕の袖をまくると手首と肘の間をツボを押すように強く押さえた。
スッ
辺り一面が暗闇に包まれた。
「これがお前の能力か。一度生で見てみたかった。恐ろしい能力じゃのう」
「貴夜美に何をするんだッ!その手を離せ」
主音が老人を突き飛ばした。闇は消え、老人は砂利と落ち葉の散らばる地面に転がった。貴夜美は何をされたのかわからず立ち尽くしている。
「この能力は神から与えられた俺たちの権利だ。いつかあの町を取り戻す時に必要になるかもしれないだろ!あの町を救うこと以外にこの能力は使わないと俺たちは決めたんだ!」
主音は地面に横たわっている老人を睨みつけた。老人はヨロヨロと立ち上がり、体に付いた落ち葉を払うと主音にこう切り返した。
「この国を救うことがこの町を救うことに繋がるとは思わんかね? お前らをあの町から追い出したのは誰じゃ? 警察じゃ。あの町を荒らそうとしたのは誰じゃ? 社会の裏でで生きてる者じゃ。原発の管理、対応をおろそかにしたのは誰じゃ? 政府じゃ。この国は一見平和そうな国に見えて実は中身は腐りかけておる。社会の闇を裁かない限り、お前さんたちを含めてこの国が幸福に包まれることなどありえない。どうじゃ、わしと協力しないか?」
おもむろに老人はポケットから紙とペンを取り出した。