大人になれないこと(落書き)
一
私は適当な飯屋で食事をとっている。そこにいるのは友人であるユウキと、レット君の奴隷である獣人の少女である。この獣人の少女は、レット君の仲間の中では特に私になついてくれている。実際私はこのことに不快に思うことはなく、嬉しいものに感じていた。
この長身の獣人の少女は、無邪気に私に抱き着いている。
身長の割には彼女の精神は子供である。この無邪気な表情も、動作も、発言も、どれもが子供っぽかった。
「お前にご熱心だなその子。もう結婚しちまえば?」
ふざけたことをぬかすユウキ。
「馬鹿言え。この子、何歳だと思ってんだ。子供だぞ」
「何歳?」
そんなユウキの問いに割って入るように彼女が答えた。
「私は10歳になるよ」
「じゅっ!? マジかよ! え? まじ? 俺の子供より若い……」
「俺にも子供がいたら、もう成人している筈なんだよな。子供、俺も欲しかったな」
私はつい本音が漏れてしまった。そんな言葉に、ユウキが言う。
「なははは。家族はいいもんじゃねえぞ」
「童貞で妻子持ちは悲しいよな」
ユウキの身の上話はなかなかに理不尽なものだった。それを愚痴として、昔、聞いたことがあったのだ。
ユウキは成人して、社会人になり、銀行員や製薬会社の仕事をしていた。それまで独り身ではあるものの、それなりに平穏に過ごしていた。そんな時、「いつまで独身でいるつもりだ」と家族や周りに言われ、押しに押されて結婚することになった。ユウキとしては、あんまりに周りに言われるものだったため、流されて結婚したのだ。
正直な話、あまり好きでもなかった上に連れ子いたが、社会人として家族を持つのは義務のように思えていたのだ。
ユウキはそれなりに子供たちに対して父親を振る舞えていたと思う、と言っていた。しかし、5年間父親をやってきたつもりであったが、何一つ面白いと思えることは無かった。しかも、離婚された上に養育費用もふんだくられて家も追い出されたというのだ。それからトラックに轢かれて、気が付けばこの世界に転移したのだという。何故か若返った姿で、だ。
ユウキは言う。
「俺が弟子や奴隷を多くとろうとするのは、たぶんその反動なんだ。弟子だと、家族というもんに縛り付けられるわけでもねえし、嫌というやつは破門にすればいいしな。情が移って誰も破門にしたことねえけど」
二
「俺らは、なんで子供の姿なんだろな。俺は成長しなくなったって説明でわかりやすいけど」
私は視線をユウキに投げかけながら言う。それをユウキは、私が言いたいことを察したかのように説明口調でいった。
「一方俺は、大人の姿から子供の姿になったうえで、それ以上老いることも若返ることもなくこのまんま」
「なんだろな。こんな呪い」
そんなしかめた表情で言う私だが、意外にもユウキはそれを一笑した。
「ひひひひ! 呪いか! そうか!」
「な、なにがおかしいんだよ」
ひとしきり笑った彼は、私に説明した。
「いや、俺はこの子供の姿から変わらないこれを、祝福に感じている」
私はこのことが信じられず、言葉も出せずに見開いた目でユウキの顔をじっと見た。どういった考えによって、そんな思いに至ったのか、私には理解ができない。
「なはは」ユウキはその私の表情が面白いのか、また軽く笑いながら説明する。「俺、学生の時、あんまりいい思い出が無いんだ。空気が読めなくて、皆に馴染めなくてな。ちょうど、今のこの姿の16歳くらいの時だ」
ユウキは、語りだした。青春時代を青春できなかった。そしてつまらない人生を過ごしていた。それを、この世界に来て、なおかつ、若返って、好きなように生きている。彼は失ったはずの青春を取り返しているのだと。
そして最後に付け加えた。
「社会人の世界はくそだ。断言できる。だから俺にとってはこの状況は祝福なのだ」
熱心に語る彼に私は気おされて、言葉をまだ失ったままだった。
「……ユウキは、僕と違って大人だ」
どうにか絞り出した言葉。それが精いっぱいだった。
「なに言ってんだ。俺とおんなじ昭和60年生まれ」
その言葉がより一層私の心に突き刺さる。
「違う。違うんだ。僕は、子供のまんまだ。大人になれていない」
大人を経験することなく、ただ歳だけをとっただけの存在だ。大人として扱われたことがない。精神面も、まったくの子供だ。今更大人を振る舞ったところで、ユウキのようにいかない。皆は認めない。ただ未熟な存在だ。
ただ、いたたまれないほど恥ずかしかった。認められない自分が情けなかった。