誰かの視点
一
少女が興奮したかのようにしゃべっている、
「一瞬でスチールタートルも切っちゃうんです! それにあの言葉を使わずに手のサインだけで通じ合う連携もすごいです! そんな洗練された二人から敬意を払われている私のご主人はもっと凄いんですね!」
この少女はレットのもとに最近入った奴隷の一人である。少女とは言っても、身長はなかなかに高い。獣人の種族なのだ。
そして先ほど、チームからはぐれた際に日本人二人に連れられて帰ってきた一人である。この高身長の少女はどうにも、二人の戦いに魅せられてしまったようなのだ。彼女はずっと二人のことをしゃべり続けている。
間近で見れたことを自慢でもしているかのようだ。
しかし、全く面白いと思えずにいるものが居た。エルンと名乗るエルフであった。彼女も高身長の少女と共にその二人の少年の雄姿を見ていたひとりだ。
エルンという彼女はというと。二人のうちの一人の元奴隷であったのだ。だが、唐突ともいえるように所持を放棄された。それは彼女にとって、捨てられたようなものだった。
エルンというエルフの女性は、何故捨てられたのかばかりをひと月ほど考え込んでいた。毎日食事もまともにとらず、まともに眠らない。そんな状態だ。確実に捨てられるようなことをした覚えはない。たしかに何度か寝こみを襲おうとしたこともあったが未遂で終わったし、少年の所持品を勝手に集めたりなどもしたが、見るからに捨てるようなものばかりだ。
そしてある時答えを出した。どういった理由であろうとも、元主人が羨むほどの人材になれば彼が自分を買い戻してくれるのではないかと。
それからエルンはそのレットの下ではあるが、ひたすらに有能な人材になろうとした。もともとポテンシャルも高かったこともあり、一気に頭角を現した。もうそのメンバーの中ではNo.3と周りから評価されるほどにまでなったのだ。
しかし、彼の戦闘を見た後ではもう何も言えなくなった。
あれほどに強い存在だったなんて。しかもあんな戦い方など、一度も見たことがなかった。いつも皆の盾のように受けてからの立ち回りしか見てこなかった。
何より。エルンの存在に気が付かなかった。あんな陽気な性格ではなかった。ブチと名乗っているのはどういうことか。
今まで一緒に過ごした日々の全てが嘘だったと言われているようで、裏切られているようにも思えた。
彼らに護衛されながら連れられて歩く中、彼女の中では希望が崩れてしまったように感じていたのだった。
二
元日本人のレットのチームは、はぐれたメンバーを助けてもらったという意味を込めて皆で食事に来ていた。普段なら少年二人はそろって適当に言って断る筈なのだ。だがしかし、どうもレットの姿を見てから、少年らは委縮したような雰囲気となっていた。
「日本人って、マジ?」「元日本人。前に何度かお前に話したことあるけど、熟練の冒険者。俺らの先輩って話だ」「マジかよ。本職か。見るのは初めてだ。よっぽどなんだろな」
少年二人がこそこそ喋ったかと思えば、はねたかのようにレットに対して挨拶しなおすといったことを見せた後、レットのメンバーと共に食事に出かけたのだ。
「俺のメンバーを外まで連れてくれてありがとう。俺が本当なら最後まで一緒にいないとダメだったけど、魔素溜まりに遭遇して、他のメンバーを逃がすのでいっぱいだったんだ」
日本人の少年らは『魔素溜まり』という言葉の一部が理解できないものの、彼が窮地に陥っていたのは理解できていた。それこそよほどのことなのだろうと思えた。日本人二人に理解の及ばない危険なのだ。深く聞くこともせずに、レット一味の言葉を促す。
「知らない奴らもいるだろうし、紹介でもしてから乾杯しよう」
そうして、順番に自己紹介が始まった。
エルフの女性の順番になった時である。エルフの女性は、少年が何一つこちらに気が付いていない事実が苦しくなった。そこでエルフの女性、エルンは、元主人が無視し得ないような自己紹介の仕方をした。これで無視をされたら、それこそエルンは立ち直れないだろう。わかっているのかわかっていないのか。それでも彼女は、確認せざるを得なかった。
「私はエルフのエルンです。キース様のもと奴隷です。ユウキ様も何度か見かけたことはありますが、お話するのははじめてですね。このたびは、私どもの命を助けていただいて、本当にありがとうございます」
彼はそこで、ようやくエルンの顔を見たと言っていい。まるで驚いたように見開き、彼女の顔を見つめていた。
「ええ!? エルン様は、この方の下に仕えられていたんですか? 道理で素晴らしい腕なのですね!」と声を上げるまだ若いメンバーがいるが、どうやら少年には周りのことも頭に入っていなかったようだ。
彼はエルンの紹介の仕方に、あからさまな思いを感じ取っていた。この『エルン』というのは、彼がエルフの少女から本名を聞き出そうとするためにつけた、言わば挑発の為のあだ名だったのだ。あだ名が不愉快ならば、きっと本名やそれに近いあだ名を教えてくれるだろうと。
しかしそんな不名誉なあだ名で、あのエルフの女性は彼に睨むかのような視線を向けながら自己紹介したのだ。それに意味がないわけがない。
彼が感じたと言うあからさまな思いというのはそれだ。
一通りの自己紹介が終わって乾杯のあと、「助けてくれて本当にありがとう。不甲斐無いばかりに」と再度レットが礼を述べた。
「あ、ああ。ダンジョンは薄暗くて事故はおおいですもんね。しょうがないです。レットさんのチームも優秀で。それも指導のたまもの、知っている者の筈なのに、今や面影ひとつないですね。ああそうだ! 忘れていました。大変申し訳ないのですが帰らさせていただきます。どうしても納期に間に合わせないといけないものを思い出して」
まるでいつ言い出そうかと思っていたかのように、長淵啓介がまくしたてていった。そして逃げるように出ていったのだ。
「おい。ケースケ、今何時だと思って! ……行っちまった。いやすみません。あいつ、あわてんぼうで。パニックになったら周りが見えなくなるんです。ADHDってやつっすね。俺が代わりに謝るので、どうかここは許してもらえねえっすか。悪気はマジでねえんす」
友人であるユウキはどうこの空気をなだめようかと思ったが、思いのほか周りは気にしていないことに安堵した。ユウキはただ質問攻めにあい、それにこたえるだけでよかった。
「あの。実は貴方方が倒された魔物、そのままになっていたのを一部だけとっておいたのです。これ、お返しします。とれたのは一体の一部だけですが、凄く強かったのでそれなりに高価なものだと思うのです」
少年と同じくらいの小柄な少女が言った。この子も少年らに護衛されながら帰還したメンバーの一人だ。
「いや、いらないよ。そもそも俺らは、遊びで入っていたんだ。と言うのもね。俺らは冒険者には及ばないけど、憧れはあったんだ。俺もあいつも別に仕事はあるんだけど、その合間にこのダンジョンに入って二人で競ったりするんだよ。ただの遊び。だからそういうのが欲しいわけじゃないんだ。あいつもそう言う筈さ」
「え? 冒険者じゃないんですか?」
「そ。診療所やってるんす」
「もしかして。八年くらい前に特効薬を見つけた薬師の親族ですか?」
「いや。それ俺。というかもっと前にさっきの奴、啓介が普通に何度か作ってる。作り方はちょっと違うけど。俺ら日本人にゃあ一般常識の一つなんだ。恥ずかしいことに、誇れるようなことじゃないんだ。水痘のワクチンとかでもスゲーもてはやされたしな」
「薬?」
「カビから作れる抗生物質っす」
「ペニシリンか」
「残念。そいつは啓介。俺はセフェム系を狙って作ったっす。詳しい薬名はまじでわかんない。というか本当にセファロスポリンかどうかもわからない。まあペニシリンショックは今までに一度も出てないから、ペニシリン系ではないと思うっすよ。どう? いい加減な事でもこの世界ではもてはやされるんす。調子のっちゃいますよ。今や弟子が二十人超えて、仕事もろくにせずに暮らせます」
もはやレットを除いたものは誰も話を理解できていなかった。
「失礼ですが、おいくつ、なの、ですか?」
「ああエルフちゃん。元主人であった啓介と同い年。はっきり言うのが恥ずかしいよ。こんな歳で冒険者ごっこしてるとか。冒険者『ごっこ』だからね。ははは」
「提案なのですが! いっそごっこではなく、冒険者になりましょう! 私どものパーティは人が多く、時には暇になる者もいます! 貴方方二人にどうか私を同行させていただけないでしょうか! 貴方方の下なら、人数がそろえばもっと深くまで進めるはずです!」
「ははは、面白い提案だけど、田村君もそれはそれで困るよ。たかだか連れて帰っただけの報酬に、食事までおごってくれているんだし。そこから人を貸しだすなんて」
「レット様にも利点があるはずです。人材を腐らせるより、有能な人の指導の下で育成出来ます! レット様、どうか!」
「必死すぎ」