エルフ
一
エルフのことである。少女のエルフは貧しい家庭で住んでいた。住んでいた時は思わなかったが、今となってはこのエルフ、思い返せばどうしても今の生活と比べてしまい、貧しいものとしか思えなくなっていた。
エルフは奴隷狩りにあい、奴隷として売られてしまうことになった。
自分は凌辱されるのだろうと思えた。皆が下種な目でエルフを眺めていた。これが凄まじいほどにエルフにとって不快だった。
そこでエルフは彼に買われたのだ。
最初はどこのボンボンかが買ったのだと思っていた。子供のようなこのチビガキに買われたのだ。夜の相手をさせられるのは辛いと思えた。
しかし、それは間違えていたようだ。彼は反抗的な私のことを怒ることもなく、ただ微笑んで言葉をかけてくれた。最初は猫被っているのだと思っていたが、決定的に違うと言えたのは、エルフが体調を崩した時だ。
エルフは回復魔法が通じず、ただ熱が上がるのを感じていた。意識がもうろうとする中、エルフは知った。主人であるはずの少年が、ほとんど二日間と言っていい。その間ほとんど離れることなく、濡れたタオルを変え続けていたことを。
しかも、熱も下がらず、不安であったエルフに、手を握り続けてくれたのが何よりうれしかった。たとえ彼女が体調を崩したからと言って、家族がこれほどまで看てくれたことはあっただろうか。家族でさえもこんなに真摯に看てくれたのは無かったのだ。
与えてくださった装備も素晴らしく、何をしても、どんなミスをしても彼は微笑んで許してくれた。そんな寛大な少年に、エルフは気が付けば、一生尽くそうとさえ思えていたのだ。
エルフは最初、反抗的であったために、名乗ったこともなかった。そこで彼から「エルン」という名をいただいた。エルフをもじっただけのネーミングセンスも何もない名前であると主人は笑ったが、彼女はこの名をいたく気に入り、ずっとエルンと名乗るようになった。
エルフの少女改めエルンは、彼のことを知りたくなっていた。
「はじめまして。僕の名前は■■■■■。よろしく」
初めての出会いを思い出す。
彼はエルンには知りえぬ文化から来た異人だそうだった。おかげで彼の名前を正しく発音することも聞くこともできなかった。せめて、と。彼はあだ名の「キース」と呼ぶようになった。
また彼は、容姿から年齢をはかるのが難しく、成人した男だと聞いていた。エルンは彼のことが知りたくて知りたくてたまらなかった。しかし彼は以外にも結構厳格で、自分に厳しく、余計なことを話そうとはしてくれなかった。彼の床で眠る習慣や、彼の作る料理、掃除好き、早寝早起き、ダンジョンに潜る際の異常なまでの軽装備、全ての意味が分からなかった。
そういえば、当初、彼の手料理を振る舞われたことがあった。丸いボウルの器に、半熟でどろりとした卵がのったものだ。エルンはそれが家畜のえさに見えて、激昂して、器ごと投げつけてしまったことがあった。笑って許してもらえたものの、それ以来二度と振る舞ってくれることは無かった。その料理を見る機会があるとすれば、彼の友達に振る舞うくらいだった。
どうやら、半熟卵というのは彼の文化からすると、何一つ抵抗もない。むしろあの料理は、米や醤油、砂糖をふんだんに使った料理であり、贅沢品であるらしかった。ゆえに今更、彼の料理がほしいとも言えなくなった。
思い返せば、本当に無礼なことしか思い浮かばない。
それだけにこれから尽くしていこうと考えていた。
その矢先のことである。エルンは解雇を言い渡された。まだ仕えて4か月。悪い夢だと思った。