宇宙の落し物
皆は落し物をしたことがあるだろうか。小さいころに財布を落とした?大切にしてたおもちゃをどこかで忘れてきてしまった・・。
色々あるだろうけど、僕は大変なものを落としてしまったんだ。それは、なくしてしまってはもう二度と戻らないようなもの。これからはその話をするね。
僕は大学二年生。羽田智治という。理工学部で物理を専攻している。彼女はいない。バレンタインデーにチョコをもらった女の子がいたんだけど、振ってしまった。可愛かったんだけど僕は研究に没頭していて、その子の良さがわからなかったんだ。
でも、気になる子はいる。その子は僕の幼馴染で、雫という名前だ。小さいころはその子の良さなんてわからなかったんだけど、中学を越えてその子のいい意味で田舎っぽいところが妙に気になりだした。
高校は別々の高校で、大学も別々だったんだけど、バイト先のケーキ屋さんで偶然一緒になったんだ。彼女の作るケーキは、優しい印象を与えるらしく、大人には受けている。
その日、僕らモテない組の男集団は、物理談義に花を咲かせていた。
学食のカレー(安いけどたいしてうまくもない)を食べながら、本日の授業の話をするのが僕たちの日課になっていた。
「俺ら、何のためにこんなに勉強してんのかなあ。安井なんて、また単位落として留年決定だってよ。」
隣の若林が言った。学食のカレーはうまくないが、そこで出しているソフトクリームはおいしく、時々買うことにしている。
「まあ、勉強してねーやつはしょうがねーべ。自分の好きなようにやってんだから、勝手にさせておけば。」
斜め向かいの穴田は言った。クールな野球部員で、器用に単位も取っていくといううらやましい奴だ。
「それより、今日のソフトクリーム買ったやつ、もれなく商店街のくじ引きできるんだってよ。」
向かいの修が言った。修という名の通り、単位はほとんど優で取っていた。しかしオタクっぽいやつで、あまりうらやましくはない。
「マジかあ。じゃあ、ちょっと商店街散歩して、それから家に帰ろうぜ。」
僕はそういい、そこで僕たちの話は中断になった。
商店街にて。
「まあ多分ティッシュかトイレットペーパーかなんかだろ。実はちょうどトイレットペーパー切らしてるんだよね。」穴田は言った。
「黄色だ。よっしゃあ。やっぱりトイレットペーパー!」くじ引きをした直後、穴田が叫 んだ。
僕も「まあ、そんなところだろうな。」と思いながらくじ引きを引いた。
赤玉だった。
(うん?赤玉?意外と珍しい色が出たな・・。)
「おい、赤玉って一等じゃねえか?」修がささやく。
(一等?まさか・・。っていうかこんな商店街で一等なんて大したもんじゃねえべ。)
と思いながら顔を上げた。
宇宙旅行にご招待。一日往復券。
そこにはそう書かれていた。
「一等だ。おめでとう!」商店街のおじさんの声がリフレインした。
2080年のこの現在、宇宙旅行なんてそんな大したものじゃない。一日旅行に行くなら30万というところだろうか。
でももちろん、宇宙になんて行ったことなかった。電気量販店で働く父親には、そんな旅行に行かせる金も、気概もなかったからだ。
「宇宙に行けるなんて・・。これがペア旅行券だったらもっといいのにな。」僕は雫のことを思った。天体観測が趣味だった雫はとても喜んでくれるに違いない。
「宇宙で告白すれば、OKもらえるんじゃねえか?」そんな勝手なことを妄想しながら、僕はベッドに寝転んでいた。
「まあ、一人用の旅行券なのは変わらないわけだし、そんなことを考えてもしょうがないか。待てよ、そういえば・・。」
僕は埃のかぶった本棚の下のあたりを探った。
「あった・・。」
それは、幼稚園の頃描いた雫との合作。大きな木の下に自分たちが座っている絵だった。
「あのころはよかったな。何も考えずに仲良くできたし。」僕は昔を思い返した。
「そうだ、この絵を宇宙旅行に持っていこう!そんで宇宙旅行に帰ってきた後、この絵を二人で見て、告白しよう。」僕はそう決断したのだった。
それから僕は、宇宙旅行のことが楽しみで仕方なくなった。ケーキ屋さんのバイトでは、雫はキッチン、僕は販売担当だったのでほとんど話す機会はなかった。でも、雫がそばにいるだけで気分は高揚したし、販売にもしぜんと熱が入った。
大学でも相変わらずだった。修が地球学の単位を一個落とすというハプニングはあったが、僕らは相変わらず4人で授業の内容に不平を言いながらも必死で単位を取っていた。
そして三か月後、とうとう宇宙旅行の日は来た。
「万が一のことがないように、船外活動では気をつけてね。」母親が言った。両親とも宇宙に行ったことがないので、僕のことをかなり心配しているらしかった。
「うん、船外活動のときは必ずワイヤーをつけるみたいだし、大丈夫だよ。」と僕は言った。人類が月に降り立ってから100年以上が過ぎ、宇宙旅行中の事故は飛行機事故の水準なみに下がっていた。
僕は鞄の中に例の絵をしのばせていた。こんなことは両親に話しても仕方のないことだ。
「じゃあ、行ってきます。」僕は両親に言った。
昔、羽田空港といった場所は、今は宇宙旅行もできるようにその規模を広げていた。僕はその羽田宇宙ステーションから宇宙へと飛び立つのだ。
「わくわくするなあ、ほんと。」無重力体験は、基本的に宇宙でしかできない。僕は水泳が好きだったが、無重力体験とどんなふうに違うのだろう。そんなことを考えながら、電車に揺られていた。
やがて羽田宇宙ステーションにつき、僕はそこのホテルで一泊することになった。
「明日は宇宙にいるんだ。宇宙食も持ったし、準備万端だな。」僕はその日、なかなか
寝付くことができなかった。
「午後1時、A3番にてシャトル23が発射されます。12:30には席についておいてください。」アナウンスが流れた。
シャトル23というのは、僕の乗るスペースシャトルの名前である。僕はソワソワしながらシャトル23に乗り込んだ。
(あとは待っていれば発射されるはずだ。いよいよだな。)安全のためのシートベルトを締め、ぼくは待っていた。
発射まで、あと15分。
あと1分。
10、9,8・・。
とうとうカウントダウンが始まり、僕の興奮は最高潮になった。
発射!という呼び声とともに僕の体にすごい圧力がかかった。
圧力はなかなか消えない。大気圏を出るまではスペースシャトルに加速の力が加わり続け、僕の体にはGがかかることになる。
「大気圏を抜けました。これからは無重力状態となります。船内で飲み物を買ったりする際はシートベルトを外して静かに動いてください。」アナウンスが流れた。
そして、僕は自分の体がフワッと浮くのを感じた。
それは、僕が生まれて初めて感じる無重力状態だった。
(こんな感じなのか。無重力状態は。どうやったら自動販売機のところまで行けるのかな。)僕は早々にベルトを外し、椅子をけって空中に飛び出した。そこには人が何人も宙に浮かんでいた。
中には子供もおり、回転しながらきゃっきゃっと笑っていた。
(あんな子供の時に無重力状態を感じられたら楽しいだろうなあ。)僕はそう思った。
(さてと、ウイダーインゼリーはどこに売ってるのかな。)スペースシャトルの壁をけり、シャトルの先端の方へ向かった。そこには添乗員のお姉さんがいた。
「すいません。飲み物はどこに売っているんですか。」と聞くと、
「スペースシャトルの先端部分にグリーン席を用意しており、そこにございます。」という返事が返ってきた。「ありがとうございます」といい、さらに先端の方へ向かった。
「あった。でもコインを入れるのが難しそうだな。」自動販売機は上下逆さまに備え付けられていた。自動販売機の側面をつかみ、自分の体を回転させる。やっとコインを入れることができた。
(やれやれ、飲み物買うだけで一苦労だな。)僕はそう思い、船内活動はやめ、自分のシートに戻ることにした。
宇宙遊泳を始めて、1時間ほど経った頃。
「船外活動を始めます。希望の方はスペースシャトルの入り口の方へ集まってください。」船外活動とは、この旅行の山場で、希望をする人のみ宇宙船の外に出て、宇宙船に自分の名前を書くことができるというイベントだった。
(よし、じゃああの絵を持っていくか。)
僕はこのイベントで、宇宙で太陽の光をじかに浴びながら二人の絵を見ることに決めていた。
(よし。なくさないようにちゃんとポケットの中にしまって。)僕はスペースシャトルの入り口の方に向かっていった。
「はい、では皆さん順番に宇宙服を着てください。」さっきの添乗員さんともう一人のお姉さんが順番に宇宙服を渡す。ついに僕の番だ。
絵を取り出し、宇宙服を着て、宇宙服の外側に備え付けてあるポケットに絵を入れなおす。
(いよいよだな・・。)
とうとう宇宙船の入り口が開く時が来た。宇宙服にワイヤーをつけ、ちゃんと確認する。
「では、船外活動開始です。入り口が開きます。」
添乗員さんのアナウンスと同時に入り口が開いた。
そこにあったのは、見渡す限りの星々だった。
「やっぱり、船外活動希望してよかった・・。」僕は宇宙で見る天の川の素晴らしさを感じながら思った。
「はい、では一人ずつペンを持って。」船外活動専門のおじさんがペンを渡してくれる。
(そうだ、あの絵にここで今の時刻を書くか。)僕はそう思った。今の時刻は、日本時間で午後の3時だった。
絵を取り出して、宇宙船の外壁のところに置いた。
(えーっと、午後3:05と。)書いているその時だった。
僕に一人の船外活動をしている人がぶつかってきた。僕は衝撃で宇宙船の外壁から手を放してしまった。
(ああっ・・。)
僕の手からあの絵が離れ、どんどん遠くなっていく。
(ウソだろ?あの絵が・・。)もう僕の手には届かない所に行ってしまった。
「ごめんな、大丈夫だったかい?」ぶつかったのは若いカップルの男性の方だった。
「大丈夫です・・。」僕は何も言えず、その人に言葉を返した。
(最悪だ。あの絵がないと告白ができない。)二人の思い出と宇宙の話をしながら告白しようと考えていた僕は、すっかり落胆してしまった。
おかげで、あと一時間ほどあった宇宙滞在時間も、いつの間にか終わってしまった。地球に戻るときも、パネルで地球の形が映し出されていたが、ほとんど見ずに終わった。
帰りの電車の中で、僕は考えていた。なんであんな大事なものを宇宙に持っていこうと考えたのか。船外活動のときに、調子にのってあの絵を持ち出したのが悪かったんじゃないかなどなど。その日は家に帰ったが、両親とは「お疲れ。」という言葉を交わしただけで、ベッドに入り、寝てしまった。
それから三日ほど落ち込んだ。よりによってあんな大事なものを・・。という思いだけが頭を渦巻いていた。
しかし、変なもので三日たつと少し元気が出てきた。その日は外に出て、本屋に行くことにした。そこで、宇宙旅行の雑誌を見てみた。
すると・・。
どうやら宇宙旅行といっても同じルートを通っている宇宙船が意外にも多いらしいということに気が付いた。
(これはもしかすると・・。)
とても無謀な計画を思いついた。
これから何個かの宇宙船が飛び立つ。そのルートは僕が乗った宇宙船のルートとほぼ同じ場所を通る。
(そうすれば・・。)今度の船外活動で、絵を回収できるんじゃないか?
これが僕の出した結論だった。
ただ、次の宇宙旅行に行くだけの金がない。ケーキ屋さんで働くだけでは、30万円はなかなか貯まらないだろう。
(これは、バイトを増やすしかないな。)僕は決断した。
普段やっているケーキ販売は週に3回。それだけでは30万ためるのに6か月くらいかかる。
僕は夜中、警備員のバイトに入るのに決めた。それだけではまだ心もとないのでカラオケの店員にもなった。
とたんに大学の勉強との両立が難しくなった。大学が終わって、友達とダラダラしている時間もなくなり、成績は単位が取れるぎりぎりのところまで落ちてしまった。
「お前、今日も来ないのか。バイトばっかして大変だなあ。」若林が声をかけてくれた。
「もう一度宇宙に行くためにそんなバイトするなんて、お前は宇宙オタクになっちまったんだな。」穴田はそう言った。絵を取りに行くだけなのだが、そんなことを友達に言うのも恥ずかしく、僕は誤解されてしまったままでいた。
「三か月の辛抱だ。ここでお金をためて、絶対にもう一度宇宙に行くんだ!」僕はそんな使命感に燃えていた。
そして三か月後。
僕は、前と同じ羽田宇宙センターにいた。父親は「何にはまったのか知らないが、自分でアルバイトをして、宇宙に行くなんて偉い。いい思い出作ってこい。」と言って僕を送ってくれた。
(思い出なんて作る気はないんだけどな。)と思ったが、僕は両親に「うん。」と返事を返し出かけた。
午後三時、B4番にてスペースシャトル35が発射されます。30分前には席についておいてください。
前と同じようなナレーションが流れ、僕は(よし!)と自分を奮起した。
前と同じようにGを感じ、船内活動が終わって、とうとう船外活動の時が来た。
「船外活動の方は、入り口に集まってください。」添乗員の声とともに、僕は入り口に行った。
「ワイヤーはつけましたか?では、入り口を開きます。」
僕は、入り口の開くのと同時に、宇宙へ飛び出した。
(さてと。どこにあるのかな。)僕は周りを見渡した。星の見えるほかは、誰かが食べた宇宙食の残骸、もう使われなくなった人工衛星などが落ちていたが、あの絵は一向に見つからない。
「もしかして、もう宇宙の彼方へ飛んで行ってしまったんだろうか。」僕はそう思った。
「では、名前は書きましたか?そろそろ入り口を閉めるので、ワイヤーをたどって、船内に戻ってきてください。」添乗員の声がした。
(ああ、もうあの絵は見つからないんだ。)僕は絶望感とともに宇宙船に帰った。
実は、僕は見つからないのではないかという予測はしていた。こんな広い宇宙の中、宇宙船で同じルートをたどったにせよ、絵が少しでも前の位置から動いてしまっていたら見つかる可能性はゼロに近いと思っていた
(まあ、あの絵がないのはもうしょうがないことなんだ。あとは、僕がどう行動するかだな。)僕は思った。
そして、僕は日常の世界へ戻ってきた。バイトもケーキ屋さんのだけにし、前のように授業が終わった後、友達としゃべりながら毎日を過ごしていた。
「ところでお前、単位は大丈夫なのか?授業も寝てることが多かったみたいだけど。」修は僕にそういった。
「ああ、だめかも知れない。今セメスターの単位は絶望的だな。」
「よかったら、俺のノート貸してやろうか。」若林がいう。
「まーた甘やかして。勉強しないやつが悪いんだべ。」穴田が厳しい言葉をかけてくる。皆のこういう言葉を聞くと、僕はああ、日常に戻ってきたんだな。と思う。
よく考えれば、バイトを三つ掛け持ちするなんてことは無理な話だった。告白のことばかり考えていて、自分自身のことを何も考えられてなかったな。と反省する。
いつものように商店街をぶらぶらし、僕は友達と別れる。今日はバイトの日だ。
「智治くん、このケーキ陳列しておいてくれない?」雫が声をかけてくる。これはいつものことである。
(あ~あ。絵もなくなっちゃったし。相変わらず雫とは仕事の会話しかしないしなあ。)
「ねえ、智治君。今日バイト終わったら時間ある?公園に行かない?」
これは日常ではない。異常事態だ。
僕はこちこちになりながら、「うん。」と返事をした。
「智治君、これ昨日うちの倉庫で見つけたの。聞いてみてくれない?」雫が取り出したのは、オルゴールだった。
(うん?どこかで見たことがあるような・・。)
「これ、私たちが幼稚園のころ、一緒に行ったオルゴール展で買ったものなんだ。覚えてない?」
そういうと、雫はオルゴールを流し始める。
懐かしい音楽が流れてくる。僕はその音楽を聴いて思わず涙を流してしまった。
(ああ、思い出は絵だけじゃなかったんだ。ここにも・・。)
そして僕は雫にあの思いを伝えることにした。
「雫。僕実はずっと前から・・。」