フラジールキャット
「助けて麗奈! あたしわかんないの!」
夕暮れ時の下駄箱で、由美は私に泣きついてきた。
由美は、クラスの中でも人気な女子だ。茶髪に、ピアスに、わけもなくたくさん付けたストラップ。いわゆる女子高生なタイプ。
対して私、麗奈は地味な方。無駄に着飾らず、髪は黒。陰キャラとかいう部族の代表みたいなもんである。
「どしたの由美。こんなとこで抱きついてくるなんて。よーしよし」
頭を撫でてやると、由美は笑って顔をこちらに向けてくれた。従順な態度がとても可愛らしい。
私たちには、人には言わない秘密みたいなものがあったりする。
私と由美が通うのは女子校。どこを向いても女の子しか居ないわけで、誰もが皆男との出会いを渇望して止まない無法地帯である。
そんな中で、私と由美はなんの縁あってか、好き合ってしまったのだ。
好き合って、付き合って、もう一年くらい。時間を積み重ねて、色んな経験を重ねてきた。
由美は、私と二人だけのときは態度を変える。私の前だけ、由美は猫みたいになるのだ。
丸い態度で私にくっつき、撫でられたりして喜んだり、夜は可愛く鳴いちゃったり。
「あのね、これ見て……?」
由美が手渡したのは、一枚の紙。書かれていたのはーーテンプレの塊みたいな恋文だった。
「ふむ、これを由美が貰ったわけだ。私のものに目をつける物好きも居るのね〜」
「も、ものって……あたしだって、麗奈と対等になるためにって思ってんだから」
この猫はなにを言ってるんだろうか。なにもわかっていないのだろう。
私たちは、既に対等とかそんなものもぶっ飛ばした関係にあるというのに。
「対等かぁ……じゃあ、にゃんにゃんって言ったら対等にしてあげるよ」
そう言うと、由美は跳ね上がって喜んでみせた。
「本当っ!? に……にゃんにゃん」
なんと阿呆な子猫だろうか。猫が猫のモノマネをしていることに気づいていない。
「よくできましたー。お馬鹿な由美ちゃんには、ご褒美をあげるよ」
「お馬鹿って……んっ……」
キスをプレゼントしてやった。
これ以上なく近づく私と由美。だからこそ、わかる。由美はもっと求めていると。
だから、舌を這わせる。
私の意思と由美の意思が否応無く絡み合って、溶けてしまいそうなほど甘い。
もっと味わっていたいーーけれど、目の前のお相手が既にとろけてしまっているので、そっと唇を離した。
「も、もっと……麗奈っ……」
「ダーメ。そんなラブレター、さっさと断っちゃいなさいよ。私は先に帰ってるね」
「えーっ! 麗奈も付いてきてよ!」
「他の女の色恋沙汰になんて興味ないわ。私は私の由美にしか興味ないから。私と対等になりたいなら、一人でそれぐらいやってみなさいな」
突き放すように言ってしまったかーーと、その場を立ち去りながらも私は由美を見た。
すると、由美の表情は決意に満ち満ちたようなもの。これなら、大丈夫そうだ。
安堵みたいなものを感じながら、私は今日を終えた。
◇
パラレルワールドにでも飛んできてしまったのか、と錯覚した。目の前の光景は、私の知ってる現実と比べて現実味に欠けすぎている。
けれど、私の居るここは私が居た普通の世界らしい。
由美が、私でない女と歩いていた。
由美が、いつになっても私にひっついてこない。
由美が、私に「ごめんね。 あなたに従順な猫より」なんて文面のメールを送ってきた。
わけがわからなくて、頭の中がごちゃごちゃしている。なにも手に付かない。
こんなにもぐるぐるして、こんなにもぐちゃぐちゃした気分は生まれて始めてだ。由美と出会う前の孤独だって、こんなぐちゃぐちゃは生み出せない。
身体に力が入らない。汚い地面にへたり込んでしまう。なにもかも、ダメだ。
「…………どうして?」
真っ青ーーだと思ってたら、いつの間にか真っ黒な雲が覆っていた空に問いかけてみても、答えは帰ってこなかった。
否、答えの代わりみたいに、雨が降ってきた。
雨雲さんの言葉なんてわかる筈もなくて、私は自問してみる。なにがダメだったか、なんて。
答えが見つかる筈もなくて、時が止まったような気もしたーーその時だった。
「あの……大丈夫、ですか?」
予報にもないこんな雨の中で、折り畳み傘をさす黒髪ストレートの少女。なんて清楚だろう。なんて美しいんだろう。
こんな子になら、飼われてみてもいいのかもしれない。
そういえば、こんな光景を知っている。
雨の中で、段ボールに入れられてて、主人公に拾ってもらう。
ああーーこれが、猫の気分か。
がちゃがちゃで片付かない私の思考が自然と回り始める。
回り始めたと思ったら、思考が真っ白になった。
考えてみても、わかる気がしない。だからーー
「助けて……私、わからないの」
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