授かりモノ
書いた本人はそうでもないんですが、ホラー好きの友人に見せた所、これはヤバイと言われました。
童謡聞くたび思い出すとも。
少々グロテスクな表現もあります。
ご了承の上、お読みください。
私は苅野美由紀(仮)。27歳の主婦です。
これからお話しするのは、5年前に大学の卒業旅行で体験した事です。
それは大学卒業を控えた3月の始め頃のことです。
連休を利用して親友の立花理香(仮)と2人で卒業旅行という名目で、とある地方の温泉旅館へと泊まったときのことでした。
旅館の名前は覚えていませんが、明治の頃からある老舗の旅館だった事は覚えています。
特に目立った観光名所もなく、温泉が湧くだけの山間にある小さな村のその旅館に入った私たちは、老婆と呼べる程の腰の曲がった女将とその息子だろう男性の2人に迎えられました。
靴を脱ぎ用意されたスリッパに履き替えた私たちは、お部屋へご案内しますと女将に先導され歩き出します。
どうやらその日の宿泊客は私たちだけのようで、静かな旅館の中では板張りの廊下を歩く3人の足音だけが響いていました。
ふと、微量ながらも何かピアノの様な音が聞こえた気がして、女将にピアノでもあるのですかと訪ねてみましたが、女将は何もございませんよと答えるだけでした。
その皺だらけの顔が少し変化した様な気がしましたが、私にはその表情からは何も読め取れず、その時は気のせいだったかとそのまま角部屋へと案内されました。
部屋は12畳ある畳張りの部屋に、コイン式の小さなテレビと2人で使うには少々大きめの座卓があるだけの質素な部屋でした。
女将から食事の時間を聞かれ、6時頃なら出来次第で良いと伝えると、ごゆっくりとどうぞと言って出て行きました。
私たちは座卓にあるポットでお茶を入れながらゆっくりと寛ぐことにします。
理香とこの旅館凄い雰囲気あるよねーだとか、お化け屋敷などホラー好きの私たちは冗談交じりで会話していました。
「あれ? 何か聞こえない?」
その理香の言葉に私は耳を澄ませますが何も聞こえません。
「何も聞こえないけど?」
という私の言葉に理香が真剣な顔で、
「ほら、人の呻き声の様な……」
すると再び何かメロディのようなものが聞こえた気がしましたが、呻き声ではありません。
そう思って理香を見ると、理香が顔が満面の笑みになっていました。
「どう? 焦った? 焦った?」
どうやら理香の悪戯だったようです。
「ぜーんぜん」
と私は言葉を返して、そのまま理香とたわいの無い話をしながら寛いで過ごしました。
夕食は私も理香も予想外の山の幸と川の幸がふんだんに使われた豪華な食事でした。
その後は目当ての温泉です。
大浴場と小さいながらも立派な露天風呂を満喫した私たちは、フロントでビールを買って部屋で寛ぎ、日付が変わった頃に布団に入りました。
アルコールが入っているからか、私も理香もすぐに寝付けたようです。
そして私にとって、夢とも現ともわからない、おぞましくも恐ろしい不思議な夜はこれが始まりでした。
夢を見る様な微睡みの中、何かのメロディに導かれ私の瞼は持ち上がりました。
月明かりもなく暗い部屋の中、暗すぎて見えないはずの部屋の様子がなぜか、詳細までわかるような不思議な視界。
私は被っていた布団も無く、帯で止めてあるはずの浴衣もはだけ、下着も着けていないのがわかりました。
更に股を開き膝立ちで仰向けになっている状態。
なぜ? どうして? と疑問に思いながらも身体を動かそうとしますが、全く動きません。
何かに縛り付けられている様な感じではなく、身体に力が入らないわけでもなく、まるっきり命令を受け付けない様な心と体が乖離したような状態でした。
その時はわかりませんが、今になって思えばコレが一般的に言われる金縛りだったのかと思います。
何か心がざわつき、動かなければ動かなければと焦りが募っていきます。
助けて助けて、と理香に意識を飛ばせば、理香の状態が見える様な視界へと変化しました。
理香も私と同じように浴衣ははだけ、仰向けに膝立ちの状態でした。
ただゆっくりとお腹が上下している事から私とは違い眠っているのがわかります。
そして気付いてしまいました。その存在に。
白い割烹着の様な物を着ている白髪の老婆。その顔はなぜかぼやけた様なハッキリとせず、ただ老婆だということがわかるだけ。
その老婆は理香の足下に対面する様に正座で座っています。
その時になって何かメロディが流れているのに気付きました。そのメロディには聞き覚えがあるのですが、思い出せません。
老婆の口元がその時に見えた気がし、何かを口ずさみ始めました。
そしてそれが始まります。
白い糸が通された針を右手に理香の下腹部の辺りで動かすと、次は無骨な鉄製のはさみを持ち、再び下腹部でジョキンジョキン。
そして両手で柏手のように手を打つと、再び針を持ち、下腹部で何かをし、はさみで切り、手を打ち、今度はその合わせた手をそのまま何かに祈る様に上にゆっくりと持ち上げました。
そのおぞましい光景に私の心は恐怖で一杯になっていくのですが、視界を動かしたくても動かせず、その光景を見続けることしかできません。
老婆はその後も針、はさみ、柏手と繰り返し、時には合わせた手を拝む様に下へ。その後また繰り返される針とはさみと柏手。
次は合わせた手を額にくっつけ上を向いて何かに祈り、その次は合わせた手を正座している自分の膝の間に置きつつ、拝む様に頭を垂れました。
針で何かを縫い、はさみでそれを切り、手を打つ様に合わせ、最後に針で縫うと、老婆の動きは止まりました。
老婆はゆっくりと立ち上がります。
そこで私は気付きます。理香と同じ格好をしている自分に。
つまり次は私の番だと……。
私は叫び出したい恐怖に捕らわれ、だけど叫べるはずもなく、どうしようもない恐怖の中、こちらへとゆっくりと歩いてくる老婆を見ているだけ。
老婆は私の足の間に正座します。顔は変わらずぼやけたままですが、恐怖に駆られた私はとにかく助けて助けてと祈るだけ。
そして聞き覚えのあるメロディが流れ始めると老婆は何かを口ずさみ始めました。
助けて助けてと鳴きたいほどの気持ちがあふれる中、自分の下腹部に違和感が。
痛みもなく、ただ下腹部が縦に裂けているのがわかります。
老婆は糸の通った針を持ち、その私の裂けた下腹部を縫い始め、終わるとハサミで縫った糸を切ってしまいました。次は理香と同じように柏手を打ち、縫い、切り、祈り、を理香と同じように繰り返していきます。
私は狂いそうな恐怖の中、助けて助けてと念じるだけでした。
そして短い様な長い様な時間が過ぎ、最後に縫い合わせるとメロディが止まり老婆が立ち上がります。
そこでやっと意識が闇の中へと向かっていきました。
ふっと眼を開けると、明るい部屋の中、目の前には理香の顔がありました。
おはようという言葉をかけられ私は布団をはね除け起き上がり、自分の身体を確認しました。
少々寝返りで乱れただろう浴衣と、下着も寝たときのまま。下腹部を確認してみても何にも変わりはありませんでした。
「何やってんの?」
と呆れ混じりの理香の声に、夢だったんだ―と安心した私は、
「何でもない。ちょっと変な夢を見ただけ」
と返し、その後朝食前に温泉に入り、朝食を取り、その旅館を後にしました。
数日もするとその夢のこともすっかり忘れ去りました。
3年後には私も理香も結婚し、先日お腹の中に子を授かりました。
喜ばしいことに理香も授かり、予定日もほぼ同じ。生まれたのが異性だったら、許嫁にしようと理香と楽しく約束したりしてました。
産婦人科の医者には、初産ですか? だとか、帝王切開したことありますか? みたいな事を言われた気もしますが、順調に育っているそうで、嬉しい限りです。
ただ、なぜ今この話をするのかは、家の近くにある幼稚園のそばを通ったときでした。
幼稚園から聞こえる園児達の歌で、私は忘れていた5年前の夢を思い出したのです。
それが何を意味するのかは、わかりません。
私はこの歌を聴くたびに、言いようのない恐怖が心の中から沸いてくる、そんな気持ちを抱くだけです。
むすんで ひらいて 手をうって むすんで またひらいて 手をうって その手を 上に むすんで ひらいて 手をうって むすんで
むすんで ひらいて 手をうって むすんで またひらいて 手をうって その手を 下に むすんで ひらいて 手をうって むすんで
むすんで ひらいて 手をうって むすんで またひらいて 手をうって その手を 頭に むすんで ひらいて 手をうって むすんで
むすんで ひらいて 手をうって むすんで またひらいて 手をうって その手を 膝に むすんで ひらいて 手をうって むすんで
童謡が使われていますが、著作権は切れており、原曲とも一切関係が無いとこと記します。